夏目漱石「三四郎」(第二十五回)三の十一
寐慣(ねつけ)ない所に寐た床のあとを眺めて、煙草を一本吸(の)んだが、昨夜(ゆうべ)の事は、凡(すべ)て夢のようである。縁側へ出て、低い廂(ひさし)の外にある空を仰ぐと、今日は好(い)い天気だ。世界が今朗(ほが)らかになったばかりの色をしている。飯を済まして茶を飲んで、縁側に椅子を持ち出して新聞を読んでいると、約束通り野々宮君が帰って来た。
「昨夜、そこに轢死があったそうですね」という。停車場(ステーション)か何かで聞いたものらしい。三四郎は自分の経験を残らず話した。
「それは珍らしい。滅多に逢…