夏目漱石「三四郎」(第二十九回)四の一

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 三四郎の魂がふわつき出した。講義を聴(き)いていると、遠方に聞える。わるくすると肝要な事を書き落す。甚(はなは)だしい時は他人(ひと)の耳を損料で借りているような気がする。三四郎は馬鹿々々(ばかばか)しくて堪(たま)らない。仕方なしに、与次郎に向って、どうも近頃は講義が面白くないと言い出した。与次郎の答はいつも同じ事であった。――

 「講義が面白い訳がない。君は田舎者(いなかもの)だから、今に偉い事になると思って、今日(こんにち)まで辛抱して聞いていたんだろう。愚(ぐ)の至(いた)りだ。彼らの講義は開闢(かいびゃく)以来こんなものだ。今更(いまさら)失望したって仕方がないや」

 「そういう訳でもないが………

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