夏目漱石「三四郎」(第三十一回)四の三
横町を後(あと)へ引き返して、裏通りへ出ると、半町(はんちょう)ばかり北へ来た所に、突き当りと思われるような小路(こうじ)がある。その小路の中へ三四郎は二人を連れ込んだ。真直(まっすぐ)に行くと植木屋の庭へ出てしまう。三人は入口の五、六間(けん)手前で留った。右手にかなり大きな御影(みかげ)の柱が二本立(たっ)ている。扉は鉄である。三四郎がこれだという。なるほど貸家札(ふだ)が付いている。
「こりゃ恐ろしいもんだ」といいながら、与次郎は鉄の扉をうんと推(お)したが、錠(じょう)が卸(お)りている。「ちょっと御待ちなさい聞いてくる」というや否(いな)や、与次郎は植木屋の奥の方へ駆け込んで行った。広田と三四郎は取り残されたようなものである。二人で話を始めた。
「東京はどうです」…