元横綱輪島さん、死去

 一言で言えば、輪島の存在は角界の常識を破り続ける「天才」だった。

 14個のタイトルを持ち日大から花籠部屋入りした直後、下積みの代名詞でもあるちゃんこ番を免除され、学生時代と同じ日大合宿所での寝起きを許された。

 しこ、てっぽうと土俵上が中心のけいこにランニングを採用。「サボるため」との陰口を結果で封印。学生相撲出身者で唯一横綱まで上り詰め、「プロとアマの差が最もあるのが相撲」との当時の格言を崩し、学生出身者隆盛の基盤を作った。

 しこ名も本名で通した異端児ぶりは、取り口にも表れる。上手と下手の投げの打ち合いは体が外になる上手有利が定石。だが、輪島は左の下手投げが得意。1974年名古屋場所では後に「輪湖」と呼ばれる北の湖を千秋楽結び、優勝決定戦とこの技で連勝。逆転優勝でファンを歓喜させた。

 濃紺が主流だったまわしにも金色を使い、下手投げと合わせて「黄金の左」の異名も。現在のまわしのカラー化の走りだ。半面、7個の金星を配給した巨漢高見山が苦手で、強さともろさの混在も特徴だった。

 華のある性格で、土俵外でも派…

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