古市憲寿さん(社会学者)

 今年、「だから日本はズレている」という本を出版しました。既得権益の中に安住し、社会からズレてしまった「おじさん」と「若者」の価値観の違いなど、日本社会の様々なズレについて論じた本です。

 しかしズレとは相対的なものです。ある人にとっての「正義」が、別の人にとっての「正義」であるとは限りません。この「正義」と「正義」の戦いは、イデオロギー論争と呼ばれます。今回の朝日新聞を巡る一連の騒動は、明らかに朝日新聞自体が招いた過ちと、イデオロギーの問題が混然一体となったために、大きな騒ぎになりました。

 僕は、「正義」を巡る終わりのない戦いに興味はありません。どうせ委員会がどのような報告書を出しても、文句をつける人はたくさんいるでしょう。

 しかしズレを認識することによって、解決ができる問題も多いと思っています。朝日新聞社内と、読者のズレ。同じ社内でも上層部と若手社員のズレ。これらのズレを少しでも解消することができれば、委員会の名前の通り、朝日新聞の「信頼回復と再生」に近づくのではないかと思っています(それにしても「再生」ということは、朝日新聞は一度「死んだ」という理解でいいのでしょうか)。

 独善的にならないことや、社内の風通しが良いことは、報道機関にとって不可欠な要素です。そこに「保守」や「リベラル」の違いはないはずです。

 年代別のメディア接触時間を見るまでもなく、新聞は中高年のためのメディアです。おそらく、何もしなくても新聞は20年ほどで消滅するか、今とは全く違う媒体になっているでしょう。それは今、朝日新聞たたきに躍起になっている他の紙メディアも同じことです。

 僕は朝日新聞が未来永劫(えいごう)存在して欲しいとは思いませんが、せめて20年は存続してもらわないと困るという立場です。世の中には多様な言論が必要です。さらに、インターネットがこれほど普及したところで、まだまだポスト紙メディアは成長の途上です。

 朝日新聞が社会的な企業だとするならば、考えるべきは自社の保身だけではなく、次世代のメディア、未来の社会に何を残せるかだと思います。朝日新聞のみならず、「古い」メディアの「信頼回復と再生」のために、この委員会をただのガス抜きにしないために、様々なズレを指摘していくつもりです。(寄稿)

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 ふるいち・のりとし 社会学者、東大大学院博士課程在学。1985年生まれ。若者の生態を描き出した著書「絶望の国の幸福な若者たち」などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。最新刊は「だから日本はズレている」。