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 学術や芸術、社会福祉など、様々な分野で功績のあった人をたたえる秋の褒章の受章者が決まった。政府が2日付で発表した。受章するのは734人と21団体。3日に発令する。

 最年少受章者は紅綬(こうじゅ)褒章を受ける東京都のネパール国籍の男性、カルキ・アヌージュ・ラジャさん(21)。東京のJR四ツ谷駅で、ホームから落ちた女性を電車が接近する中で救出した。

 すし店「すきやばし次郎」のすし職人で、海外での日本食の普及に努めた小野二郎さん(89)は黄綬(おうじゅ)褒章を、サザンオールスターズの桑田佳祐さん(58)は紫綬(しじゅ)褒章を受章する。

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紫綬褒章受章者(敬称略)

 〈芸術文化〉歌舞伎俳優中村又五郎=本名小川光照(58)▽シンガー・ソングライター桑田佳祐(58)▽俳優高畑淳子(60)▽歌人栗木京子=本名中原京子(60)▽撮影監督浜田毅(62)▽声楽家藤村実穂子(48)▽画家遠藤彰子(67)▽漫画家竹宮恵子(64)

 〈文化普及〉将棋棋士谷川浩司(52)

 〈神経薬理学研究〉

九州大教授井上和秀(63)

 〈量子エレクトロニクス研究〉東大教授香取秀俊(50)

 〈植物細胞生物学研究〉京大教授西村いくこ(64)

 〈光量子電子工学研究〉京大教授野田進(54)

 〈金属物性学研究〉東北大教授蔡安邦(55)

 (年齢は発令される3日現在。氏名の表記は原則として朝日新聞の用字にしました。紫綬褒章以外の受章者は、各地域面に掲載しました)

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俳優 俳優・高畑淳子さん(60)

 受章の報を聞き、一緒に芝居をした藤山直美さんの言葉を思い出した。「『高畑さん、勇気を与えましたなあ。年取ってからでも仕事がひらけた代表者ですもんね』って言われて。とても遅咲きだったので、一つの仕事を続けてきて認知してもらえたということが私の特徴だったのかな」

 18歳で上京し、大学を経て劇団青年座で舞台デビューしたが、20代は大きな役に恵まれなかった。

 芝居をやめて四国に帰ることも考え始めた30歳の頃、俳優の加藤健一さんに抜擢(ばってき)された舞台「セイムタイム・ネクストイヤー」が当たった。「首の皮一枚つながり、故郷に帰る時間を延ばしてもらって」。これが転機となり、その後、「3年B組金八先生」「白い巨塔」など人気ドラマに出演し、知られる存在に。

 特に仕事と子育ての両立を支えてくれたのが母だった。「子どもが出来た時、四国を絶対に離れないと言っていた母が出てきてくれたことが大きかった」と振り返り、何度も涙ぐんだ。

 昔は華のある押し出しの強い俳優に憧れたが、「これからは、『あるがままをどうぞ、好きに撮ってください』と言える俳優でいることですね」。(安斎耕一)

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棋士 谷川浩司さん(52)

 将棋界で紫綬褒章は12人目。52歳での受章は最も若い。「将棋ファンの方に支えて頂いたおかげ」と受章の弁は控えめだ。

 将棋は5歳で覚え、「とにかく好きだった」。強くなればなるほど難しさが分かる魅力に引き込まれた。10代は詰将棋を解き、作って修業した。「この蓄積が非常に大きかった」。終盤、相手玉を追い詰めるスピードは「光速の寄せ」と恐れられ、それまでの「終盤は力と力のねじり合い」という通念を一新した。「子どものころ、詰将棋と接したおかげで終盤を理論化、体系化する道筋を作ることはできたと思う。現代将棋の進歩に少しは貢献できたかな、と」

 棋士生活38年で公式戦は2千局を超え、タイトル戦登場は57回。史上最年少の名人就位、阪神大震災に遭いながらの王将位防衛、名人位通算5期で永世名人の資格を得たことが思い出に残る。逆に悔しかったのは1992年の竜王戦。「ここから羽生(善治)さんにタイトル戦で負け続けた。かなり大きな分岐点だった」

 現在は、日本将棋連盟会長と現役棋士という二つの顔を持つ。今回の受章を「『棋士としても、もう少し頑張れ』という言葉をいただいたと思う」と喜ぶ。

 ミュージシャンの桑田佳祐さんと同時受章と知らされ、「カラオケでサザン(オールスターズ)の曲はよく歌った。同じ時代をずっと現役で生きてきた親近感がある。今度、お会いできるのを楽しみにしています」。笑顔がはじけた。(佐藤圭司)

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歌手 桑田佳祐さん(58)

 桑田佳祐さんは所属事務所を通じ次のコメントを発表した(一部を抜粋)。

 デビュー以来ずっと目立ちたい一心で、下劣極まりない音楽をやり続けてきた私が、このような高貴な章をいただけるとするならば、そんな音楽を喜んでくださったたくさんのファンの方々と、大衆芸能を導いて来られた数多(あまた)の偉大なる先達(せんだつ)たちのおかげであると、心から感謝しております。