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 「法の番人」といわれる内閣法制局。集団的自衛権の行使を容認する閣議決定の論理づくりに主導的な役割を果たした。これまで、行使は「憲法上、許されない」という政府見解を守ってきた歴代の内閣法制局長官は、今回の閣議決定をどうみているのか。

文面の通りに読んで運用して 阪田雅裕さん

 今回の閣議決定は、これまでの政府見解の論理の基本を保っており、論理としては一定の評価ができる。

 ただし、問題は、閣議決定の文面を政府全体が一致して、その言葉通りに読んでくれているのか、という点にある。国会の答弁を聞いていて非常に疑問だ。

 国民の生命や権利が「根底から覆される」という表現は、これまで日本が武力攻撃を受ける有事を想定して使われてきた。

 それなのに、安倍晋三首相や岸田文雄外相が、中東のホルムズ海峡に敷設された機雷を除去することは「限定的、受動的な武力行使」だから可能だ、と国会で答弁する。「原油が来なくなったり、日米の信頼が多少揺らいだりする場合も、これに当たることがある」というような読み方は、どうすればできるのだろうか。書いている言葉通りに理解して運用しないと、閣議決定はただの言葉遊びになってしまう。

 これから法制局に求められる役割は「根底から覆される明白な危険」とは、外国の武力攻撃が我が国に差し迫っていること以外のなにものでもない、ということをしっかりと国民に明らかにし、官邸にもそう理解してもらうことだ。

 安倍政権は今回、「どうしても集団的自衛権の行使容認をやるんだ」と高く拳を振り上げていた。法制局は内閣直属の役所。内閣が政治選択する方向に沿って、法制部門としてサポートするという点で、常に政治と歩調を合わせて考えざるを得ない。さらに、法制局の受けた命令は「憲法の枠内で最大限のことをしろ」ではなく、「憲法解釈のありようを見直し、かつ論理的に可能な解を見つけろ」という難問だった。内閣法制局の置かれた立場を考えると、今回の閣議決定の論理がぎりぎりの発想ではなかったかと思う。

 ただ、これまでは法制局が一定の独立性を持ち、論理を重んじて判断する、と評価してもらえることで、「法制局が言うなら仕方がない」と国会対応ができてきた側面がある。これからは、法制局の答弁が重みを持って受け止められず、権威が相当落ちることになりはしないか不安に思っている。

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 さかた・まさひろ 1966年大蔵省(現財務省)入省。2004~06年、小泉内閣で内閣法制局長官を務めた。現在は弁護士。主な著書に「『法の番人』内閣法制局の矜恃(きょうじ)」など。

従来の政府見解と整合性ない 宮崎礼壱さん

 今回の閣議決定は、これまで禁止されてきた集団的自衛権の行使ができるようになるわけなので、従来の政府見解からの根本的な転換であることは明らかだ。関与した内閣法制局は自分自身がお世話になったところだが、大変残念という言葉に尽きる。

 閣議決定のベースとされる1972年の政府見解の「外国の武力攻撃によって国民の権利が根底から覆される」という文章は、あくまでも日本に対する武力攻撃という意味で書かれた。他国に対する武力攻撃まで含まれる、と読み込むのは無理がある。従来の政府見解が維持してきた論理との整合性はついておらず、連続性も断たれている。

 安倍晋三首相は「(閣議決定は)他国の防衛自体を目的とする集団的自衛権の行使を認めるものでもない」と答弁する。しかし、そもそも集団的自衛権とは、2004年に閣議決定された政府答弁書で「他国に加えられた武力攻撃を実力をもって阻止する(権利)」と定義されているように「他国防衛」がその本質にある。最近、集団的自衛権には「他国防衛」と「自国防衛」の二つの学説がある、という言説が目立つが、正しい問題提起になっているとは思えない。

 首相はまた、今回の閣議決定について「海外派兵は一般に許されないという従来の原則も全く変わらない」と答弁している。しかし、「一般に」という言葉は「基本的に想定していない」という意味だ。歯止めには全然なっていない。

 憲法は凡百の法律の上に存在するものだ。憲法の禁止力というか、禁止していることを超える政策を実現しようということであれば、主権者である国民の判断を求める憲法改正の手続きをきちんと踏むべきだ。そうしてこそ、憲法の法律にまさる威厳、権威が保たれる。

 にもかかわらず、「憲法改正が非常に困難だから」と、憲法の禁止に抵触するかどうかのギリギリの政策をやろうという問題に差し掛かるたびに、政府が禁止のたがを緩めてしまうならば、本当に国民主権の国家なのか、という根源的な問題が生じてしまう。

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 みやざき・れいいち 1968年、司法修習生。東京地検検事などを歴任。2006~10年、安倍、福田、麻生、鳩山内閣で内閣法制局長官を務めた。現在は法政大学法科大学院教授。

拡大解釈される危険残る 秋山収さん

 閣議決定の内容をみると、内閣法制局として、これまで積み重ねてきた基本的な論理に踏みとどめたという感じはする。

 過去の論理の一貫性の中で若干の方向転換をしたものの、安保法制懇の提言したような論理の飛躍は防いだ。法制局として、一応のスジは通したと言えるのではないか。

 ただし、「我が国の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険」とは、どういう事態なのかはっきりしない。実際に運用する際、拡大解釈される危険が残っている。

 例えば、安倍首相が言うようにホルムズ海峡の封鎖で戦闘継続中に掃海艇を出すならば、これは憲法9条から逸脱する危険がある。そこまでやるならば、憲法改正をするべきだ。

 このため、法制局については「論理を貫いた」という評価も出来るし、「名を取っただけで実を失った」という評価も出来る。これは今後の推移を見守らないと、どちらとも言えない。

 法制局はこれまで国際情勢の変化に伴い、PKOや周辺事態などの政策の実現に向けて憲法上の論理を整えてきた。しかし、今回は差し迫った政策の必要性がないまま、政治の圧力で方向転換をさせられた。これは法制局の歴史上、初めてのことだった。

 横畠裕介・内閣法制局長官にとってみれば、あの表現以外の選択肢はほとんどなかったと思う。彼自身は憲法解釈の変更はしたくなかったんだろうけど、彼がやらなければまた外から人が来るということになったかもしれない。彼は法制局を一身に背負って十字架に上がったんだと思う。(聞き手=園田耕司)

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 あきやま・おさむ 1963年、通商産業省(現経済産業省)入省。2002~04年、小泉内閣で内閣法制局長官を務めた。

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