写真・図版

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 三四郎はその晩与次郎の性格を考えた。永く東京にいるとあんなになるものかと思った。それから里見へ金を借りに行く事を考えた。美禰子の所へ行く用事が出来たのは嬉しいような気がする。しかし頭を下げて金を借りるのはありがたくない。三四郎は生れてから今日(こんにち)に至るまで、人に金を借りた経験のない男である。その上貸すという当人が娘である。独立した人間ではない。たとい金が自由になるとしても、兄の許諾を得ない内証(ないしょう)の金を借りたとなると、借りる自分はとにかく、あとで、貸した人の迷惑になるかも知れない。あるいはあの女の事だから、迷惑にならないように始(はじめ)から出来ているかとも思える。何しろ逢って見よう。逢った上で、借りるのが面白くない様子だったら、断って、少時(しばらく)下宿の払(はらい)を延ばして置いて、国から取り寄せれば事は済む。――当用は此処(ここ)まで考えて句切りを付けた。あとは散漫に美禰子の事が頭に浮んで来る。美禰子の顔や手や、襟(えり)や、帯や、着物やらを、想像に任せて、乗(か)けたり除(わ)ったりしていた。ことに明日(あした)逢う時に、どんな態度で、どんな事をいうだろうとその光景が十通(ととお)りにも廿通りにもなって、色々に出て来る。三四郎は本来からこんな男である。用談があって人と会見の約束などをする時には、先方がどう出るだろうという事ばかり想像する。自分が、こんな顔をして、こんな事を、こんな声でいって遣ろうなどとは決して考えない。しかも会見が済むと後からきっとその方を考える。そうして後悔する。

 ことに今夜は自分の方を想像する余地がない。三四郎はこの間から美禰子を疑っている。しかし疑うばかりで一向埒(らち)が明かない。そうかといって面と向って、聞き糺(ただ)すべき事件は一つもないのだから、一刀両断の解決などは思いも寄らぬ事である。もし三四郎の安心のために解決が必要なら、それはただ美禰子に接触する機会を利用して、先方の様子から、好(い)い加減に最後の判決を自分に与えてしまうだけである。明日の会見はこの判決に欠くべからざる材料である。だから、色々に向(むこう)を想像して見る。しかし、どう想像しても、自分に都合の好い光景ばかり出て来る。それでいて、実際は甚(はなは)だ疑わしい。丁度汚ない所を奇麗な写真に取って眺めているような気がする。写真は写真としてどこまでも本当に違ないが、実物の汚ない事も争われないと一般で、同じでなければならぬはずの二つが決して一致しない。

 最後に嬉しい事を思い付いた。…

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