人の通らない軒燈(けんとう)ばかり明かな露路(ろじ)を抜(ぬけ)て表へ出ると、風が吹く。北へ向き直ると、まともに顔へ当る。時を切って、自分の下宿の方から吹いてくる。その時三四郎は考えた。この風のなかを、野々宮さんは、妹を送って里見まで連れて行って遣るだろう。
下宿の二階へ上(あが)って、自分の室(へや)へ這入(はい)って、坐(すわ)って見ると、やっぱり風の音がする。三四郎はこういう風の音を聞く度(たび)に、運命という字を思い出す。ごうと鳴って来る度に竦(すく)みたくなる。自分ながら決して強い男とは思っていない。考えると、上京以来自分の運命は大概(たいがい)与次郎のために製(こし)らえられている。しかも多少の程度において、和気靄然(わきあいぜん)たる翻弄(ほんろう)を受けるように製らえられている。与次郎は愛すべき悪戯(いたずら)ものである。向後(こうご)もこの愛すべき悪戯もののために、自分の運命を握られていそうに思う。風がしきりに吹く。慥(たしか)に与次郎以上の風である。
三四郎は母から来た三十円を枕…
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