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 一浪して京大に入りました。現役の時も受けたのは京大です。

 僕は中学生の頃から、アルファベットのbはブロック体で書くと決めていて、一度も間違えたことがなかったのに、筆記試験の当日だけ、bを6と間違えたんです。自分で書いたのに、計算の途中からなぜかすり替わってた。

 模範解答を見たら、「a=b+3」だったのが、僕の回答は「a=9」になり、「c=2a」は「c=18」になってしまってた。「こらビシッとキレイな数字出てるし間違いないわ」と思ったんですが、採点する人からしたら「あ、こいつ途中からbが6になっとるな」と。30点の問題だったので、部分点がもらえて15点、もしくは0点だったでしょう。

 受験に失敗して大阪・難波の予備校に通い始めてから、母校の高校を訪ねました。大阪の進学校だったので、入試で何点足りなかったのか、内緒で教えてもらえたんです。聞いたら、合格最低点まで4点足りなかった。

 入試が迫ったいま、僕に言える具体的なアドバイスは「bと6に気をつけろ」ですね。

 bを6にしたことで、浪人。ものすごく後悔したんですが、10年後、28歳の時にまた、bと6を間違えました。会社を辞めて無職で小説家を目指していた時、このままでは無理っぽいなと思って、簿記の資格試験の勉強をしました。家で連立方程式を解いていて、計算が合わない。なんでかなと思って検算したら、途中でbが6になってました。

 その時思ったのが、「あ、やっぱり落ちるべくして落ちたんだな」です。「ずっと後悔してたのに、またやっちゃうんやから、しゃあないわ」と、あきらめがつきました。

友達につられて、京大志望

 元々、京大に行ける学力はないと思ってたんです。通っていた男子校の中高一貫校は、東大や京大に何人合格させるかということに特化した学校でしたが、僕はもう少し難易度が下の大学を目指そうとしていました。

 高3で、日本史だけ、世界史だけ、両方を受講する、という三つのクラスに分かれるんですが、その選択をするのが高2の冬。受験科目の関係で、両方取る人は、要は東大か京大を受ける気が何となくある人ということなんですね。

 僕が目指していた大学は一つでいいんです。そんな時、今もつきあいがあるアホな男がおるんですが、「おれ京大いくねん」という感じで両方とってた。自分より成績良くないやつです。それ見て「これであいつ2個とって京大いってしもたら、1個にしぼった自分がなんか負けたみたいで、くやしいな」と思って。見えの張り合いみたいなもんです。思い直して両方とるクラスを選びました。

 男子校独特のノリだったのか、その時のクラスはみんな、歴史二つ取ったってだけなのに、「俺ら行けるよな」という雰囲気で浮かれて、間違った目標設定をしてしまった。みんな、スーパーサイヤ人にでもならないと東大京大なんて受からないような成績なのに。

 結果、すさまじい浪人率をたたき出した。40人中6~7割浪人したんじゃないかな。センターの自己採点の後、みんなが難しい大学に突っこんでいって、玉砕。冷静なコーチがいたら、「お前ら無理やぞ」と言ったと思いますよ。でも浪人後は、クラスの半分くらいが東大か京大に入った。学校始まって以来、最もたくさん入ったクラスになったんです。

 「アホになる力」のおかげだと思います。

 高1の頃、あんまり仲も良くない古文の先生がいました。授業中にいきなり、「あんたらはかしこすぎる」って攻撃してきたんです。「かしこすぎると先のことが見えて、あきらめてしまう。アホになりなさい」と。

 その言葉はよく覚えています。根を詰めて考えたら、京大なんて絶対に受からないという答えになる。仕事を辞めて小説家を目指すと決めた時も、「アホになる力」は発動しています。突き詰めて考える手前でうやむやにしちゃうってのは、ある程度大事です。今はデメリットとかリスクとか、状況を説明する言葉が豊富すぎて、賢い子ほどその言葉を使って先を想像して、動けなくなってしまう。

 僕は、友達と一緒にアホになって浪人しましたが、そのほうがだんぜん良かった。遠回りしてもさほど損することはないって身をもって知ることができて、構え方が変わりました。

満期の日に備え、種をまいておこう

 中高生のみなさんの中には、将来やりたいことが全然浮かばない人もいるでしょう。僕も、何一つなりたいものがなくて、そういう質問を投げかけてくる大人の「夢や目標を抱くことが正しい」という無意識な押しつけが心の底から嫌でした。自分のなかの、人より秀でた部分を伸ばして職に就きたいとは思っていたけど、何もないんちゃうかとも思ってた。

 通っていた中高が、部活や文化祭、恋愛なんかの楽しそうなものは全部見えないようにして、難関大学に入ることだけしか考えさせなかったこともあるかもしれません。先生も親も、大学に入ったら何もかも解決するという感じで我慢を強いる。僕も大学に入りさえすれば、止まってたものが流れ出し、行き先を書いたチケットを自然に渡されると思ってました。当然、そんなことはないんです。

 ただ、当時から自分のことを、運動もできないし、腕力もないし、これは知識を高めて武器にするしかない個体種だとは感じていました。今は何も生かし方を思いつかないけど、種をまいておかないといけない。行き先を思いついた時のために知見を増やしておこう、と。大学の夏休みは毎年、長期で外国へ一人旅に出かけました。

風がふいて無色透明で、そして満期が訪れる

 小説を初めて書き始めたのは、大学3年の秋です。当時は、就職活動が4年の春からなので、1・2年の喧騒(けんそう)が終わり、就職や卒論のことはまだ考えなくてもいい3年生って、真空というか中ぶらりんというか。何をしたらいいんだろうと、よく鴨川の河原で一人、体育座りをして川の流れを見ていました。

 ある日、大学から自転車に乗って鴨川方面に向かっているとき、前から緩い風がふいていて、ものすごく自分が無色透明な感じがした。異様になんにもないなと。おそらく、一生のうち、この透明な感覚はこの1年だけだと。来年になったら忘れるだろうし、去年までとも違う。これを書き留めないと、二度とわからんようになる気がしたんです。

 それから1年かかって書きました。大学生3人が出てきて、それぞれ等身大の悩みを語り合うという、世にもおぞましい精神の自傷行為みたいな小説(笑い)。友達3人に見せたら、そろって「気持ち悪い」と。

 でも、生まれて初めて、勉強以外のことでうまくなれるような気がした。長い長い思索の貯金が満期を迎え、これなんかな、というものが見つかったんだと思います。

 いまもし、何もやりたいことがない人は、先送りでもいいので、小さな種をまいておけばいいと思います。そして、考え続けていると、いつか満期を迎える。その時は、何でも行動に移して試してみてほしい。

最後にもう一つ、具体的なアドバイス

 まじめな人ほど、緊張して試験前日は寝られないと思います。僕はめちゃ寝ましたけど。一緒に受ける友達は全然寝られなかったみたいで、僕が適当に「1日くらい寝えへんかっても大丈夫やって」て言ったんです。そしたら彼、現役で京大受かって僕は落ちた。

 後で「あんとき万城目がああ言ってくれてめっちゃ安心したんや」て感謝されました。「あっそー」みたいな。1日寝ないくらいで、成績は全然変わらない。ビビらずいきましょう。(聞き手・小林恵士)

     ◇

 まきめ・まなぶ 作家。大阪府出身。主な著書に「鴨川ホルモー」「鹿男あをによし」「プリンセス・トヨトミ」「偉大なる、しゅららぼん」など。近著に「悟浄出立」。38歳

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