【動画】星出彰彦さんから受験生へ=瀬戸口翼撮影
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 中学と大学の第1志望校は落ち、宇宙飛行士試験は3度挑戦しました。人生には自分でコントロールできないところがあります。例えば選ぶ側が決める試験の合否がそうです。それぞれの段階で道が決まった時にそれをどう生かすか、最適解を求めていました。

中・高校は寮生活

 小さい頃、SF「スタートレック」や「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」を見ていました。小学2年生まで父の仕事の関係でアメリカで暮らしましたが、そこで連れて行ってもらったケネディ宇宙センターでロケットの実物を見ました。ファンタジーの世界と現実を両方見て「宇宙って格好いいな、行ってみたいな」と思ったのが目指すきっかけでした。

 中学校は都内の進学校など3~5校受けましたが落ちました。第1志望の学校を選んだのは、偏差値が高いからというような理由だったと思います。親の勧めで受験した茨城県つくば市の中高一貫校、茗渓学園に入学しました。同校では水泳部に所属し、高校2年生の夏にシンガポールに留学しました。

 両校で寮生活を送りました。友人と濃密な時間を過ごしたり、様々なバックグラウンドを持つ生徒と一緒に生活するすべを学んだりできました。

大学はラグビー中心

 茗渓学園を退学し、留学先の学校を約2年間通って卒業しました。大学は帰国子女枠で受験することができました。航空宇宙工学を学べる学校を複数受けましたが落ちました。センター試験の前身、共通一次も受けたことあるんですよ。

 結果的に慶応大理工学部機械工学科に進みましたが、航空宇宙工学でも機械工学は学ぶ必要があり、慶応大でエンジニアリングの土台を作ってもらえたと思っています。

 大学では理工学部のラグビー部に入りました。練習はとても厳しく、今思えば宇宙飛行士の道が断たれる大けがをする恐れもありましたが、勉強よりも部活動中心でした。合コンは誘われれば行きました。

 ラグビーは1チーム15人と他に比べて人数が多く色々なタイプの選手が必要です。力が強い、背が高い、足が速いなど、様々な個性が交ざって勝利を目指すスポーツです。宇宙の仕事で重視されるチームワークの意識を養うことができました。

 大学4年生の夏に宇宙飛行士の募集がありました。応募資格だった3年以上の実務経験がないので、書類を窓口に持参して直談判しましたが、だめでした。これが1回目の「受験」でした。2回目は最終面接までいきました。翌朝「残念だけど不合格」という電話がありました。でも実はほっとしたんです。宇宙飛行士になる準備の時間ができた、と。3回目は受かると思い込んでいたんですね。

緊張を克服する方法とは

 緊張しやすい性格なのですが、初めての打ち上げでもリラックスしていました。何度も繰り返した訓練と本番が同じだったからです。訓練とは余裕をつくる作業です。勉強でも反復することによって「この分野はもう大丈夫。あとはこれだけやればいい」と思うことができます。

 「訓練の9割は故障の対応」と若田光一宇宙飛行士も言うように、機内の温度が上がったり圧力が落ちたり、といったトラブルをあらゆる場面で想定します。生命に関わるトラブルへの対応は自然と体が動くぐらい訓練します。何度も繰り返すという点で、受験勉強にも通じるところはあるのではないでしょうか。(聞き手・山本晋)

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 ほしで・あきひこ 1968年生まれ、東京都出身。国際的な民間教育機関「ユナイテッド・ワールド・カレッジ」を卒業後、帰国子女枠で慶応大理工学部機械工学科を受験した。92年、NASDA(宇宙開発事業団、現JAXA)に入り、2008年に日本の実験棟「きぼう」の組み立て作業を成功させる。12年に再び宇宙に滞在、3回にわたる船外活動を行った。46歳。

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