【動画】韓国と日本、融合する食文化=川村直子撮影
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鏡の中の日本〈4〉食べる

 昨年暮れ、ソウル。百貨店の食品売り場で、辛子明太子(めんたいこ)店に人だかりができていた。店員が呼びかける。「日本の家庭の味です」

 明太子の起源の一つは、1948年、博多にある。焼け跡の市場に開店した9坪の食料品店「ふくや」だ。店主・川原俊夫、当時35歳。タラコが持ち込まれると海の向こうを思った。「釜山のメンタイが食べたい」

 川原は釜山生まれ。多感な時期に出会ったのが、市場に並ぶ真っ赤なメンタイだった。「スケトウダラ=明太(ミョンテ)」の卵の塩辛。朝鮮半島で長く食べられていた。

 川原は、味の再現を試みる。釜山までは約200キロだが、朝鮮戦争前夜の半島は遠かった。毎晩店を閉めた後、ガラス瓶の中のタラコと向き合った。鷹(たか)の爪をくだいてかけたり、ザラメを混ぜてみたり。完成をみたのは50年代後半だった。

 辛みをマイルドにし、プチプチ感のある北海道産のタラコを使った。昆布やかつおだしを調味液に配合した。柔らかい風味がご飯にも、日本酒にも合った。

 同業者も次々出現。その風味は75年の新幹線博多開通も相まって全国に届けられ、「博多ブランド」は近年、国境を越えている。

 川原の三男で現社長の正孝(64)は「父は、ふるさと釜山の味をみんなに食べさせたいとの思いだった。国境が溶け合うような土地だからこそ生まれた食が、辛子明太子です」と話す。韓国進出では、ライバル社「やまやコミュニケーションズ」(福岡市)が先行するが、ふくやも「里帰り」を果たすべく計画を練っている。

 日韓の食は戦後70年、深く交わってきた。日本から韓国に渡り、今や「国民食」となったのがインスタントラーメンだ。ぴりっと辛い韓国風の「長崎ちゃんぽん」もヒット商品の一つ。開発したのは「三養(サムヤン)食品」(ソウル)だ。

 同社が韓国初のインスタントラーメンを世に出したのは、日韓国交正常化2年前の63年。裏には、2人の経営者の出会いがあった。

 韓国の全仲潤(チョンジュンユ…

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