「序の舞」「鬼龍院花子の生涯」など運命にあらがい高い志を持った女性の一生を描き、多くのベストセラー作品を生んだ作家の宮尾登美子(みやお・とみこ)さんが、昨年12月30日、老衰で死去した。88歳だった。葬儀は近親者で営まれた。喪主は次女環(たまき)さん。

 1926年、高知市生まれ。芸妓(げいぎ)紹介業の家に劣等感を持って育つ。17歳で結婚、45年3月に教員の夫、長女と旧満州へ。敗戦後に帰国し、農業を営む夫の実家で働きながら小説を書き始めた。

 執筆に力を入れ始めた62年、「連」で女流新人賞に。離婚・再婚を経て66年に上京し、雑誌編集者をしながら書いた「櫂(かい)」で、73年に太宰治賞を受賞した。

 幕末から昭和まで土佐伝来の琴に託し、芸の道を究める女たちを描いた「一絃(いちげん)の琴」(78年)で直木賞を受賞。女性初の文化勲章受章者の日本画家・上村松園をモデルに、朝日新聞に連載した「序の舞」(82年、吉川英治文学賞)など、逆境を生きぬく女性の内面に寄り添う作風で、多くの読者を魅了した。

 また、半生を「春燈」(88年)、「朱夏」(85年)、「仁淀川」(00年)など自伝的作品に結実させた。朝日新聞日曜版に連載した「クレオパトラ」(96年)や「宮尾本 平家物語」(01~04年)など大きなテーマにも挑んだ。

 夏目雅子主演の映画になった「鬼龍院花子の生涯」(80年)のほか、「陽暉楼(ようきろう)」(76年)、「天璋院篤姫」(84年)など舞台や映像になった作品も多い。

 08年に菊池寛賞、09年に文化功労者、10年に「錦」(08年)で親鸞賞。12年5月に東京都狛江市から故郷の高知市に転居。東京に戻り、12代市川団十郎を追悼するエッセーを、13年夏に文芸誌「新潮」に発表。自伝的小説の完結も目指していた。いずれも長い年月をかけて入念な準備のうえ執筆した。昨秋、骨折で入院。その後、自宅でリハビリに励んでいた。