品格のある芸で能楽界の重鎮として活躍したシテ方観世流の人間国宝、片山幽雪(かたやま・ゆうせつ、本名片山博太郎〈かたやま・ひろたろう〉)さんが13日午後6時18分、敗血症のため死去した。84歳だった。近親者のみで密葬を営み、本葬は29日午後1時から京都市左京区岡崎円勝寺町44の京都観世会館で。喪主は長男の十世九郎右衛門さん。

 1930年、京都生まれ。父は観世流片山家八代目当主の博通(八世九郎右衛門)、母は京舞井上流家元で後に人間国宝となった四世井上八千代。36年に初舞台。父と観世華雪、雅雪父子に師事し、伝統を重んじる精緻(せいち)な芸を磨く一方、54年には武智鉄二が演出した能様式による舞台「夕鶴」に出演し、つうを演じて話題となった。

 85年に九世九郎右衛門を襲名。能楽協会理事長、京都観世会会長などを歴任し、後進育成や能楽の発展に努めた。95年に日本芸術院会員に選ばれ、2001年には母に続いて人間国宝に認定された。

 02年に「関寺小町」を初演。「姨捨(おばすて)」「檜垣(ひがき)」と合わせ、能の演目でも至難とされる「三老女」をすべて演じた。09年に文化功労者となり、観世流宗家の観世清河寿(きよかず)さんの意向で芸事総監督といえる「老分」の重職につき、功績を認められ「雪号」を贈られた。10年に長男の清司さんに片山家の当主を譲り、自身は「幽雪」と名乗った。清司さんは11年に十世九郎右衛門を襲名した。長女は五世井上八千代さん。