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 日本の経済成長に伴い、海外で日本人が拘束され、身代金が要求される人質事件が起きるようになった。近年は、治安の悪化した中東周辺での発生が目立つ。

 フィリピンのマニラ郊外で1986年11月、三井物産の若王子信行・支店長が誘拐された。日本の報道機関に肉声テープや写真が届き、社会に衝撃を与えた。若王子支店長は4カ月半後に解放されたが、身代金が支払われたと伝えられ、共産ゲリラ組織のメンバーらは逮捕された。

 96年12月にはペルー・リマの日本大使公邸で、左翼ゲリラによる襲撃事件が起きる。パーティーの参加者を人質にとり、仲間の釈放などを要求した。事件発生約4カ月後に軍が突入し、日本人24人を含む71人が救出された。

 2000年代に入ると中東周辺が舞台となる。

 04年4月、イラク戦争で治安が悪化していたイラクに入ったフリーライター今井紀明さんら3人が、バグダッドで誘拐された。武装勢力はサマワに駐留していた自衛隊の撤退を要求。現地の宗教者らが武装勢力側に働きかけて、3人は8日後に解放された。この際、日本国内で「自己責任」などと3人に対する批判が起こった。

 バグダッドでは同年10月にも事件が発生。旅行中だった香田証生さんが誘拐され、アルカイダ系とみられる犯行グループは自衛隊の撤退を要求。香田さんは殺害された。

 10年4月にはアフガニスタンで、ジャーナリスト常岡浩介さんが武装集団に誘拐され、約5カ月後に解放された。

 13年1月には、アルジェリアの天然ガス施設をアルカイダ系とみられる武装組織が襲撃。多数の外国人を人質にとり、仲間の釈放などを要求した。アルジェリア軍が制圧作戦を強行し、プラント大手「日揮」の日本人10人を含む人質40人が死亡した。アルジェリア政府からの情報が限られ、混乱したことを教訓に、大使館の体制が強化され、国家安全保障会議(日本版NSC)の発足につながった。

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《海外で日本人が巻き込まれた主な誘拐、人質事件》

●1986年11月 フィリピンのマニラ郊外で、三井物産マニラ支店長の若王子信行さんが武装した5人組に連れ去られた。犯人グループは身代金を要求。その後、解放

●96年12月 ペルーの日本大使公邸を、左翼ゲリラが仲間の釈放などを要求して襲撃。最大で約600人を人質にとった。127日目に軍特殊部隊が突入。人質1人が死亡

●99年8月 中央アジアのキルギス南部で、日本人の鉱山技師4人がイスラム武装勢力に拉致された。その後、全員解放。数年後、現地当局者が身代金の支払いを認めた

●2001年2月 コロンビアで矢崎総業の現地法人副社長の村松治夫さんが左翼ゲリラに拘束された。2年9カ月後に遺体で発見

●04年4月 イラクでボランティア活動家高遠菜穂子さんら3人と別の2人が相次いで誘拐される。犯行グループはイラクに駐留していた自衛隊の撤退を要求。その後、全員解放

●04年10月 イラク・バグダッドで旅行者の香田証生さんが誘拐される。犯行グループは自衛隊のイラク撤退を求めた後、香田さんを殺害

●10年4月 アフガニスタンでジャーナリスト常岡浩介さんが武装集団に誘拐され、約5カ月後に解放

●13年1月 アルジェリア南東部の天然ガス施設をイスラム過激派の武装勢力が襲撃。軍が制圧作戦を強行し、日本人10人が死亡