奈良大名誉教授で元興寺(がんごうじ)文化財研究所(奈良市)所長の考古学者、水野正好(みずの・まさよし)さんが27日午前9時10分、心不全のため死去した。80歳だった。通夜は29日午後7時、葬儀は30日午後0時30分から、大阪府吹田市桃山台5の3の10の公益社千里会館で。喪主は長男聡(さとし)さん。

 1934年、大阪市生まれ。大阪学芸大(現大阪教育大)を卒業後、滋賀県教委、大阪府教委などで遺跡の調査にあたり、文化庁の調査官として各地の遺跡保護に携わった。79年、奈良大に新設された文化財学科に着任。2005年3月まで多くの研究者を育てた。94~2000年に学長。その後は大阪府文化財調査研究センター(現・大阪府文化財センター)理事長、元興寺文化財研究所長を歴任した。

 専門は宗教考古学。様々な時代の祭祀(さいし)や儀式に詳しく、人物埴輪(はにわ)は、亡き首長配下の人々が各職種に特有のポーズを取り、新しい首長への忠誠を誓う姿とみる「埴輪芸能論」を提唱した。考古学の最新成果をわかりやすく語ることに定評があり、軽妙な語り口の講演やセミナーは常に満員になるほどの人気だった。主な著書に「日本の原始美術 土偶」「島国の原像」など。

軽妙な語り口、ファンの心つかむ

 水野さんは研究者の育成に尽力する一方、講演会などで関西弁の楽しい語り口で考古学ファンの心をつかんだ。

 79年から奈良大の文化財学科で教壇に立ち、全国の文化財行政の現場で働く多くの人材を育てた。第1期生の狭川(さがわ)真一・元興寺文化財研究所研究部長は「一緒に掘って大事なところだけ教えてくれるので、学生が成長した。放任主義でした」。同僚だった白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館長は「全国の遺跡を見学に行って地元の研究者らと会合になると、『明日からでも現場に立てるように育ててありますから』と学生の売り込みに励んでいた」と振り返る。

 一般の人にも考古学のおもしろさを伝えようと、奈良大時代から全国を飛び回り、わかりやすい言葉で大胆な推論を展開。いたずらっぽく研究者仲間の内輪話も披露し、会場は「水野ファン」でいつも満員になった。新聞やテレビの考古学ニュースのコメンテーターとしても欠かせない人だった。