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横浜中華街

 1933(昭和8)年2月12日。小津安二郎の日記には「支那町安楽」に立ち寄ったことが記されている。同じ月の27日には、母や兄ら7人で「浜の安楽に行く」。横浜中華街にあった料理店「安楽園」のことだ。37年ごろまでの日記を見ると、横浜でロケなどがあると、安楽園で食事をしていたことがわかる。

 戦後の55年ごろから店に出て、2011年に閉店するまで切り盛りしていた安楽富美(ふみ、84)は、小津が来店した時代を知らない。けれど小津が田中絹代ら俳優と店を訪れると、「大人たちが、今日は小津さんたちがいらしたねと少し華やいで話していた記憶があります」。

 昭和初期の横浜中華街は、関東大震災の被害から立ち直り、大きな料理店が次々と開店し、独特な雰囲気を醸し出す横浜名所として再興しつつあった。中華街の歴史に詳しい横浜開港資料館の伊藤泉美(いずみ)主任調査研究員(52)によると、当時は、政財界人らが多く訪れたという。「大通りに面した『安楽園』は屈指の高級店でした」

 戦後も小津の中華街通いは続く…

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