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 代助は椅子に腰を掛けたまま、新らしく二度の世帯を東京に持つ、夫婦の未来を考えた。平岡は三年前(ぜん)新橋で分れた時とは、もう大分(だいぶ)変っている。彼の経歴は処世の階子段(はしごだん)を一、二段で踏み外(はず)したと同じ事である。まだ高い所へ上(のぼ)っていなかっただけが、幸(さいわい)といえばいうようなものの、世間の眼に映ずるほど、身体(からだ)に打撲を受けていないのみで、その実(じつ)精神状態には既に狂いが出来ている。始めて逢(あ)った時、代助はすぐそう思った。けれども、三年間に起った自分の方の変化を打算して見て、あるいはこっちの心が向(むこう)に反響を起したのではなかろうかと訂正した。が、その後(ご)平岡の旅宿へ尋ねて行って、座敷へも這入(はい)らないで一所に外へ出た時の、容子から言語動作を眼の前に浮べて見ると、どうしてもまた最初の判断に戻らなければならなくなった。平岡はその時顔の中心に一種の神経を寄せていた。風が吹いても、砂が飛んでも、強い刺激を受けそうな眉(まゆ)と眉の継目(つぎめ)を、憚(はばか)らず、ぴくつかせていた。そうして、口にする事が、内容の如何(いかん)にかかわらず、如何(いか)にも急(せわ)しなく、かつ切(せつ)なそうに、代助の耳に響いた。代助には、平岡の凡(すべ)てが、あたかも肺の強くない人の、重苦しい葛湯(くずゆ)の中を片息(かたいき)で泳いでいるように取れた。

 「あんなに、焦(あせ)って」と、電車へ乗って飛んで行く平岡の姿を見送った代助は、口の内でつぶやいた。そうして旅宿に残されている細君の事を考えた。

 代助はこの細君を捕(つら)ま…

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