【動画】島から子どもが消える「宝物」の子ども、そばにはいつも、島民と先生=高島曜介撮影
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 福山・鞆の浦から南東へ約6キロ、人口約600人の走島(はしりじま、広島県福山市)。高齢化が進み、今、島の学校に通う子どもは5人。今月、島に一つずつあった小・中学校と幼稚園が閉じる。子どもたちは島を去り、4月から本土の学校に通う。島の人たちが「宝物」のように大事にしていた子どもの声が消えてゆく。

子ども急減、高齢者6割に

 3月、走島の家々の庭には、春を告げるワカメがつるされていた。男たちは春からの漁に備え、網を繕っていた。

 島の中心産業は漁業。男たちの多くが漁師だ。漁港の近くで座って海を眺めていた漁師の男性(66)が言った。「子どもは『島の宝』。年寄りの『生きる糧』じゃ」

 1周8・8キロの走島。4カ月前の土曜の朝、原付きバイクの軽い排気音を響かせ、島民が続々と走島中学校にやってきた。この日は島の小中学校・幼稚園合同の最後の文化祭だ。体育館に約200人が集まった。

 「みんな元気そうじゃのう」。島で生まれ育った村上コトヨさん(77)は声を弾ませた。

 体育館の舞台で、中学3年の女子生徒3人、小学6年の男児1人、幼稚園年中の男児1人の計5人が「銀河鉄道999」などを合奏。中3の女子3人は「私たちが届けます!走島魂☆」と題し、島の特産ちりめんじゃこで作ったせんべい250枚が島外で全て売れたと報告した。

 財宝探しの旅に出る創作劇「かいぞくボスの宝探し」の主役は、島民のアイドル、小林法弘(のりひろ)君(5)だ。走島幼稚園の唯一の園児。お父さんは島の漁師で、法弘君と弟(3)は島民にかわいがられて育った。法弘君がせりふを言えば、客席はどっと沸き、上手に踊ると大きな拍手が起きた。

 小林さん一家は今春、島を出て行く。法弘君の姿を見つめながら、村上さんがぽつりと言った。「のり君も、もうすぐいなくなるんじゃ」

 漁業一本で栄えてきた島で最近、魚が捕れなくなった。タイやサワラ、トラフグはわずかしか網にかからず、県内有数の水揚げを誇ったシラス漁も不調。漁業だけで生活が成り立たず、生活の利便性を求めて若い漁師たちが家族で島を出て行った。10年前、78人いた島の子どもは急減。今、65歳以上の高齢者が島民の6割余りを占める。

「のりくん、ともだちがほしい」

 今春で小中学校に通う4人が卒業。島では、夫妻が望めば、法弘君の卒園まであと1年、市が幼稚園を続けてくれるのではないか、と期待があった。

 「子どもがおらんくなったら、島は沈没してまう」。近所に住む三阪真鈴(みさかますず)さん(76)は将来を嘆く。毎朝毎夕、法弘君の声が聞こえてくるだけでうれしかった。「帰ったー!って元気な声が楽しみじゃった」

 「のり君がおらんとさみしいのう」「出ていかんでや」。そんな島の人たちの声を聞き続けてきた法弘君の母和美さん(39)は「島の人に可愛がられて幸せに育ったから、島から出るか悩んだ」と言う。

 昨夏、法弘君がふとつぶやいた。「のりくん、ともだちがほしい」

 和美さんはたった一人で幼稚園で過ごす寂しさに気づかされた。小中学生がいなくなり、行事もできなくなる。週1日しか医師が来ない島では、法弘君が体調を崩しても、すぐに病院に連れて行けない。一家で島外に転居する決断をした。4月から法弘君を本土の鞆町の幼稚園に入れ、夫は漁をする時に島に通う。

 学校は島の「中心」だった。

 学校の運動会の綱引きは、腕っぷし自慢の漁師たちが大勢参加し、島中が盛り上がるイベントだ。公民館の高橋松美主事(65)らは、島民と子どもたちが一緒に参加できる料理教室や餅つき大会を開いてきた。

 高橋さんは悔やんでいる。「ずっと前から『このままじゃ子どもがいなくなる。何とかしよう』と思っていたのに、その日が来てしまったんじゃ。でも、もう遅い」(高島曜介)

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 〈走島と学校の統廃合〉 走島は鞆の浦からフェリーで約25分の福山市の離島で、三つの集落がある。2005年3月末の人口は854人、0~14歳の子どもは78人いたが、昨年7月時点で人口611人、子どもは5人に減った。市は昨年12月、島の小中学校と幼稚園の廃校・廃園を決めた。

 少子化で離島や山間地の子どもたちが減る中、今後、各地で学校の統廃合が進むとみられている。