[PR]

 東日本大震災の津波で43人が犠牲となり、鉄骨だけが残った宮城県南三陸町の防災対策庁舎。県有化による保存を提案した村井嘉浩知事が9日、初めて遺族らと会談する。広島市の原爆ドームに匹敵するとの評価もある震災遺構。保存をめぐり、住民の思いは震災から5年目となった今も複雑だ。

 赤茶色にさびた鉄骨の間を夜風が吹き抜ける。防災対策庁舎の前で3月末、町職員の夫を亡くした50代女性が献花台に手を合わせ、缶ビールを供えて声をかけた。

 「お父さん、だいぶ暖かくなってきたね。のどが渇くと思って持ってきたよ」

 4年前の3月11日、夫は住民に避難を呼びかけるため庁舎に残り、津波にのまれた。今も行方不明だ。

 週1回、庁舎を訪れ、その日の出来事や家族の様子を語りかける。土地のかさ上げ工事が進む町で、庁舎は夫を近くに感じられる数少ない場所だ。

 でも、夫の両親は庁舎の解体を望んでいる。庁舎を見学に訪れる人たちが絶えず、落ち着いて祈れないからだという。夫を悼む気持ちは同じなのに、同居する夫の両親に庁舎のことは口にできない。

「今も遺族傷つける庁舎」

 防災対策庁舎に対する被災地の思いは複雑だ。

 「父や母 息子や娘 夫や嫁の顔が浮かびます 辛(つら)いです 悔しいです 早期解体を要望します」

 1月、村井知事が町長との会談に訪れた時、遺族ら約30人がこんな横断幕を掲げた。

 その1人、千葉みよ子さん(68)は町職員だった三女の夫を庁舎で亡くし、夫の両親と3歳の孫娘も犠牲になった。三女は隣の気仙沼市に出かけて無事だったが、震災後しばらく仮設住宅でふさぎ込み、昨夏から町外で一人で暮らす。

 千葉さんは来年には自宅を再建する。三女に同居を持ちかけたが、「庁舎を見るとつらくなる」と断られた。「今も遺族を傷つける庁舎を残す必要があるのでしょうか」

 時間をかけた話し合いを呼びかける人もいる。町職員の父を庁舎で亡くした及川渉さん(33)は1月、町議会に庁舎の県有化を求める請願を出した。県有化の後に、住民の間で議論する場をつくりたいと考える。

 及川さんは、父の死を受け入れるまで1年ほどかかった。「住まいや暮らしの再建が進み、ようやく気持ちも落ち着いた」。震災から4年で復興は道半ば。庁舎と向き合えない人の気持ちにも共感する。

 震災遺構の保存を話し合う県の有識者会議では、防災庁舎が「特に高い価値がある」とされた。津波の惨事を後世に伝える大切さも感じる。「将来を担う子たちに決断の理由を説明できるようにしたい」と言う。

■原爆ドームも決定に…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら