中央アジア・シルクロードの学術調査や古鏡・青銅器の研究で国際的に知られ、2001年度の朝日賞を受賞した京都大名誉教授で元奈良県立橿原(かしはら)考古学研究所所長の考古学者、樋口隆康(ひぐち・たかやす)さんが2日午前4時20分、老衰のため死去した。95歳だった。通夜は4日午後6時、葬儀は5日午前11時から京都市北区紫野宮西町34の公益社北ブライトホールで。喪主は長男で久留米大名誉教授の富士男(ふじお)さん。

 1919年、福岡県生まれ。京大大学院で東洋考古学(中国)を専攻した。57年に日本人として戦後初めて中国・敦煌(とんこう)に入る一方、60~70年代に京大調査隊でガンダーラ地方やアフガニスタンの仏教遺跡を調査し、仏教がたどった道を追った。京大の調査隊長として携わったアフガニスタン・バーミヤン石窟群の研究は国際的評価を得た。タリバーンによる同石窟大仏の破壊と米国のアフガン攻撃を厳しく批判した。

 国内では、「邪馬台国」論争に関係が深い三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)が大量出土した京都・椿井(つばい)大塚山古墳や奈良・黒塚古墳の調査に携わった。

 新進考古学者に贈る浜田青陵(せいりょう)賞(大阪府岸和田市、朝日新聞社主催)の選考委員長も務めた。