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笹村さん一家:4

 1997年11月4日の朝日新聞長崎版に「恩師の童話集できたよ 被爆の教え子ら自費出版」という見出しの記事がある。記事は「被爆直後の長崎市の諏訪神社で二カ月だけ開かれた青空教室があった。授業の合間に、先生は自作の童話や知られた童話を読み、子供たちの心を和ませた」と始まり、教え子たちが先生の作品を集めて自費出版したことを伝えている。

 この記事の先生は笹村球吾さんの長男の宜弘さんだ。宜弘さんは被爆当時、西坂国民学校(現・市立西坂小学校)の教諭だった。

 記事に出てくる教え子の名前に見覚えがあった。森田博満(もりたひろみつ)さん(80)だ。同市坂本2丁目の山王神社の被爆クスノキの保存にかかわり、私もクスノキについて話を聞かせてもらったことがあった。

 宜弘さんをめぐる話を伝えるにあたり、まず森田さんを訪ねるところから始めようと思う。

 森田さんの家は斜面地にある長崎市立西坂小学校の上の方にある。被爆当時、森田さんは前身の西坂国民学校の5年生、そして、宜弘さんは同校の教諭だった。森田さんは宜弘さんを慕い、晩年まで交流を続けた。「先生は被爆体験を語らなかった。だが、私には何でも話してくれたんです」という。

 45年8月9日、爆心地の南2・1キロの西坂国民学校。「私はその日の朝、笹村先生に会ってるんです」。学校で飼っていたウサギのえさやり当番だった森田さんは、その日の朝に出た空襲警報が解除されると、ウサギにえさを与えに学校に行った。ウサギ小屋の前で宜弘さんと会ったのだという。

 森田さんは直後、自宅そばで原爆に遭い、爆風で家の中に吹き飛ばされた。宜弘さんは学校にいた。「なぜ先生が語らなかったか。思い出したくないからだと思います」。森田さんは宜弘さんから聞いたという出来事を話してくれた。それは被爆翌日の話だ。

 宜弘さんが残した文章によると、宜弘さんは45年8月9日に西坂国民学校で被爆後、長崎市寺町で妻の静音(しずね)さん(1915~96)と再会して喜び、裏山で難を逃れたという。

 翌10日、両親と妹たちが暮らしていた長崎市浜口町の実家に向かう。その間、真っ黒焦げになった遺体や牛馬、焼けた電車を目撃したようだ。そして、焼け野原の実家にたどり着く。その時の様子について、森田さんは宜弘さんが話したことを覚えている。

 実家では、母の優子さんと妹で三女の瑛子さんが骨となっていた。「仏壇の前で、妹を抱きかかえて亡くなっていた。そのままの姿だった、と聞きました」

 宜弘さんは瑛子さんから「先生兄ちゃん」と呼ばれていた。森田さんは戦後、宜弘さんが流行歌の歌詞を「先生兄ちゃん」にした替え歌を子どもたちに歌っていたのを覚えている。「妹や母を思い出して歌っていたのでしょう」

 宜弘さんの本の出版を紹介した97年の記事が触れていた「青空教室」。それが西坂国民学校で開かれたことは、今回の取材で初めて知った。

 西坂国民学校は爆心地から南2・1キロ。原爆で校舎は全壊し、焼失した。約800人の児童のうち14人と教職員1人も亡くなった。

 被爆後、同校の子どもたちの元に「諏訪神社に集まれ」という連絡が回った。毎年10月の長崎くんちで有名な神社だ。

 これが青空教室の始まりだ。9月初旬に諏訪神社に40~50人の子どもたちが集まった。森田さんもその一人だ。森田さんは家を失い、防空壕(ごう)生活だった。

 森田さんによると、くんちの演(だ)し物が披露される踊り馬場の上の「長坂」の石段で授業を受けたり、クスノキにかけた小さな黒板で学んだりした。学校の復旧のために子どもたちも交代で焼け跡の整理に出かけたという。青空教室は約2カ月間続き、寺に移る。翌年4月にはバラック校舎ができることになる。

 原爆で学校を失った西坂国民学校の子どもたち。森田さんは「何の希望もなかった」。そこに希望の光を差し込んだのが、宜弘さんの童話だった。

 青空教室での授業や学校跡での作業を終えた子どもたちに、宜弘さんは「ご褒美」といって、話を聞かせた。例えば、「お母さんの跳び箱」。跳び箱を跳べない少年のために母が教える物語。森田さんは「子どもたちの瞳は輝いていた。本当に話が上手だった」。前後編に分けるなどし、「今回はここまで。次のお楽しみ」と引きつけた。森田さんは「原爆でうちひしがれた生徒の心を和ませるために一生懸命話してくれた」と語る。

 宜弘さんは戦後、童話教育に長年にわたって取り組み、県内各地で口演した。1995年には、童話の口演で有名だった久留島武彦氏にちなみ、青少年の文化向上に貢献した人などに贈られる久留島武彦文化賞を受賞した。森田さんは「笹村先生は人間味があった。二度とああいう先生は現れないだろう」と懐かしむ。

 97年、宜弘さんの著作「今に…

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