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 茨城県が30年以上、「県民の日」(11月13日)の由来を誤って説明していたことがわかった。1871(明治4)年の廃藩置県で「茨城県が設置された日」としてきたが、県の誕生は実はその翌日。今春の県立高校入試で問題文に使われ、外部の指摘を受けた。

 11月13日は、1968年制定の茨城県条例で県民の日となった。県も指摘を受けるまで、ウェブサイトで「県域に『茨城県』が置かれ、初めて県名が用いられた日」と説明。だが「法令全書」(内閣官報局編)などによると、茨城県の設置は11月14日。前日の13日は、初代県知事にあたる茨城県参事として山岡鉄舟(てっしゅう)が任命された日だった。

 県によると、制定当初は「茨城県という名称が初めて用いられた日」と広く解釈していた。いつから混同が始まったかは不明だが、少なくとも84年発行の県史に「県が誕生した」との記述があり、誤った説明は30年以上続いたとみられる。

 今年3月の県立高校入試で、明治時代の出来事を年代順に並べる社会の問題文に「11月13日に、現在の茨城県の範囲は新治(にいはり)県、印旛(いんば)県、茨城県の三つの県に統合された」との記述があった。これを見た福岡市の塾講師金子直樹さん(40)がミスを指摘した。ただ、受験生が学んだ内容と食い違いがないなどとして、採点はやり直さないという。県教委によると、県内の公立小学校の副読本も県の誕生を「11月13日」としており、中学校でも同様に教えている可能性が高いという。(酒本友紀子、村田悟)