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 それから三十分ほどの間、母子(おやこ)して交(かわ)る交(がわ)る楽器の前に坐(すわ)っては、一つ所を復習していたが、やがて梅子が、

 「もう廃(よ)しましょう。あっちへ行って、御飯でも食(たべ)ましょう。叔父(おじ)さんもいらっしゃい」といいながら立った。部屋のなかはもう薄暗くなっていた。代助は先刻(さっき)から、ピヤノの音を聞いて、嫂や姪(めい)の白い手の動く様子を見て、そうして時々は例の欄間(らんま)の画(え)を眺めて、三千代の事も、金を借りる事も殆(ほと)んど忘れていた。部屋を出る時、振り返ったら、紺青(こんじょう)の波が摧(くだ)けて、白く吹き返す所だけが、暗い中に判然(はっきり)見えた。代助はこの大濤(おおなみ)の上に黄金色(こがねいろ)の雲の峰を一面に描(か)かした。そうして、その雲の峰をよく見ると、真裸(まはだか)な女性(にょしょう)の巨人が、髪を乱し、身を躍(おど)らして、一団となって、暴(あ)れ狂っているように、旨(うま)く輪廓(りんかく)を取らした。代助はヴァルキイルを雲に見立てたつもりでこの図を注文したのである。彼はこの雲の峰だか、また巨大な女性だか、殆んど見分けの付かない、偉(い)な塊(かたまり)を脳中に髣髴(ほうふつ)して、ひそかに嬉(うれ)しがっていた。がさて出来上って、壁の中へ嵌(は)め込んでみると、想像したよりは不味(まず)かった。梅子と共に部屋を出た時は、このヴァルキイルは殆んど見えなかった。紺青の波は固(もと)より見えなかった。ただ白い泡の大きな塊が薄白く見えた。

 居間にはもう電燈が点(つ)い…

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