[PR]

 中(なか)二日置いて、突然平岡が来た。その日は乾いた風が朗(ほが)らかな天(そら)を吹いて、蒼(あお)いものが眼に映る、常よりは暑い天気であった。朝の新聞に菖蒲(しょうぶ)の案内が出ていた。代助の買った大きな鉢植(はちうえ)の君子蘭(くんしらん)はとうとう縁側(えんがわ)で散ってしまった。その代り脇差(わきざし)ほども幅のある緑の葉が、茎を押し分けて長く延びて来た。古い葉は黒ずんだまま、日に光っている。その一枚が何かの拍子に半分(はんぶ)から折れて、茎を去る五寸ばかりの所で、急に鋭く下(さが)ったのが、代助には見苦しく見えた。代助は鋏(はさみ)を持って縁(えん)に出た。そうしてその葉を折れ込んだ手前から、剪(き)って棄(す)てた。時に厚い切り口が、急に煮染(にじ)むように見えて、しばらく眺めているうちに、ぽたりと縁に音がした。切口(きりくち)に集ったのは緑色の濃い重い汁であった。代助はその香(におい)を嗅(か)ごうと思って、乱れる葉の中に鼻を突っ込んだ。縁側の滴(したたり)はそのままにして置いた。立ち上がって、袂(たもと)から手帛(ハンケチ)を出して、鋏の刃(は)を拭(ふ)いている所へ、門野が平岡さんが御出(おいで)ですと報(しら)せて来たのである。代助はその時平岡の事も三千代の事も、まるで頭の中に考えていなかった。ただ不思議な緑色の液体に支配されて、比較的世間に関係のない情調の下(もと)に動いていた。それが平岡の名を聞くや否や、すぐ消えてしまった。そうして、何だか逢(あ)いたくないような気持がした。

 「こっちへ御通し申しましょうか」と門野から催促された時、代助はうんといって、座敷へ這入(はい)った。あとから席に導かれた平岡を見ると、もう夏の洋服を着ていた。襟(えり)も白(しろ)襯衣(シャツ)も新らしい上に、流行の編襟飾(あみえりかざり)を掛けて、浪人(ろうにん)とは誰にも受け取れない位、ハイカラに取り繕(つく)ろっていた。

 話して見ると、平岡の事情は、…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら

こんなニュースも