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 蟻(あり)の座敷へ上がる時候になった。代助(だいすけ)は大きな鉢へ水を張って、その中に真白(まっしろ)な鈴蘭(すずらん)を茎ごと漬けた。簇(むら)がる細かい花が、濃い模様の縁(ふち)を隠した。鉢を動かすと、花が零(こぼ)れる。代助はそれを大きな字引の上に載せた。そうして、その傍(そば)に枕を置いて仰向(あおむ)けに倒れた。黒い頭が丁度鉢の陰になって、花から出る香(におい)が、好(い)い具合に鼻に通(かよ)った。代助はその香を嗅(か)ぎながら仮寐(うたたね)をした。

 代助は時々尋常な外界から法外に痛烈な刺激を受ける。それが劇(はげ)しくなると、晴天から来る日光の反射にさえ堪えがたくなることがあった。そういう時には、なるべく世間との交渉を稀薄(きはく)にして、朝でも午(ひる)でも構わず寐(ね)る工夫をした。その手段には、極めて淡(あわ)い、甘味(あまみ)の軽い、花の香(か)をよく用いた。瞼(まぶた)を閉じて、瞳(ひとみ)に落ちる光線を謝絶して、静かに鼻の穴だけで呼吸しているうちに、枕元の花が、次第に夢の方へ、躁(さわ)ぐ意識を吹いて行く。これが成功すると、代助の神経が生れ代ったように落ち付いて、世間との連絡が、前よりは比較的楽に取れる。

 代助は父に呼ばれてから二、三…

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