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 戦後70年となる今年、ぜひ行きたかったところがあった。パプアニューギニア(PNG)東部のニューブリテン島ラバウル。太平洋戦争初期の1942年、この地に日本軍が上陸し、オーストラリア軍など連合軍との戦闘に街が巻き込まれた。

 オーストラリアの戦没者記念日である4月25日、PNGの首都ポートモレスビーで記念式典を取材する機会があったので、ラバウルまで足を伸ばした。飛行機で1時間ちょっとだ。

 地元旅行会社によると、「今でも、戦跡巡りをするために来る日本人が時々いる」という。その戦跡はどこか尋ねると、「どこにでもある」と10カ所以上も教えてくれた。ラバウルにはあちこちに旧日本軍が掘ったトンネルがあり、全長は500~600キロにもなるそうだ。

 1泊2日の駆け足だったが、あちこち回って実感したのは、「思った通りに暑く緑深いジャングルだ」ということと、「70年以上たって、戦跡もかなり朽ちてきている」ということだ。ラバウルは21年前の火山噴火で廃虚化したこともあるが、それでもやはり、70年という年月を感じた。

 たとえば、ラバウルから車で30分ほどのココポにある戦争博物館。旧日本軍の車両や魚雷、戦闘機のエンジンなどが展示されているのだが、ほとんどが触れると崩れそうなほど劣化していた。博物館の人によると、「10年前は見学者が魚雷にまたがったり、戦車に乗ったりしていた」そうだが、今はとても無理だ。

 「大発洞窟」と呼ばれるトンネルには、旧日本軍の大型発動機艇の残骸が残っていた。5隻あるとのことだったが、1隻以外はぼろぼろで原形をとどめていない。見学していると、地元住民から「メンテナンスにお金がかかるけれど、政府は何もしてくれない。日本人なら寄付して欲しい」と言われたこともあった。

 最も印象深かったのは、旧日本海軍連合艦隊司令長官の山本五十六がブーゲンビル島で戦死する直前まで指揮を執っていたという「ヤマモト・バンカー」と呼ばれる地下壕(ごう)だ。入り口にいた地元住民から「停電していて見えないよ」と言われたが、懐中電灯を持って下りてみた。

 小さな入り口から階段を下りる…

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