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どすこい取材日記

 相撲取材に関わってちょうど1年になりますが、こんな場面に出くわすのは初めてでした。ベテラン力士、安美錦の涙です。

 夏場所5日目、安美錦は人気の遠藤、注目の照ノ富士への声援もすべて吹き飛ばすような一番を見せてくれました。

 結びの白鵬戦。横綱の突き押しに耐えに耐え、巧みに体をねじらせながら白鵬の懐に潜り込みます。流れの中で繰り出したはたきで横綱に背中を向かせるなど追い詰めましたが、相手の速い身のこなしについて行けず、足を取りに行こうとしたまま倒れ込みました。

 観戦していた多くの方が予感したでしょう。序盤での白鵬2敗目です。結果的には横綱のうまい体さばきに敗れはしましたが、あの白鵬を土俵上で苦笑いを浮かべさせるまで追い詰めたのは見事でした。北の湖理事長(元横綱)が賛辞を送ります。「白鵬に向かっていける相手が何人いるか。負けてもおもしろい相撲ですよ」

 支度部屋に、どっかり座った安美錦の胸には無数の擦り傷。うがいをしてはき出した水には血が混じっていました。荒い息が止まらない中で話し始めます。「我慢して攻めたんだけどね」。ポツポツと語り出した彼の目に、涙がじわじわとにじみました。

 2000年初場所での十両昇進後、約15年にわたって付け人だった元幕下の扇富士がこの春で引退。自分のために長く尽くしてくれた兄弟子に対し、彼が送りたかったのは、はなむけとしての金星でした。その願いが一歩及ばなかったからこその涙。

 この日、白鵬に繰り出した技や動きは、これまで扇富士と練ってきた白鵬対策の数々だったと、安美錦は打ち明けました。だからこそ、白星をつかみたかった。

 「2人で考えたことをすべて出しました。やっぱり、勝ちたかった……」。そう言って血が止まらない唇をかみしめた36歳の意地と根性に、記者の胸も熱くなりました。(巌本新太郎)

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