日本一の相方でした――。胃がんのため28日に67歳で亡くなった今いくよさんと女性漫才コンビ「今いくよ・くるよ」として、40年余り一緒に歩んできた今くるよさんは29日夜、京都市内で営まれた通夜に参列し、こみ上げる思いを涙ながらに語った。

 くるよさんによると、亡くなる3日ほど前に病院で「里谷正子(さとやまさこ)さん」と本名を呼ばれたいくよさんは「はい、里谷正子28歳」とこたえて看護師を笑わせた。くるよさんが「ナイスギャグや」と声をかけると、ニカッと笑顔を返してくれた。だが、これが2人の最後のやりとりになったという。

 声をかけたり、懸命に足をさすったりしても反応が薄れていった。それでも「元気になってくれるとずっと思っていました」とくるよさん。亡くなったことに「なんで」という気持ちが募った。

 全国大会で活躍していた京都の明徳商業高(現・京都明徳高)ソフトボール部でともに汗を流して以来、半世紀余の付き合い。ぽっちゃりとした体形のくるよさんと細身のいくよさんは私生活でも仲良しのコンビだった。

 2009年9月にくるよさんが大阪での公演中に倒れた時は、いくよさんがその体を懸命に受けとめて緞帳(どんちょう)を下ろさせた。不整脈が見つかったが、3カ月後に無事に復帰。「命の恩返しを」と思ってきたくるよさん。昨年9月にいくよさんに胃がんが見つかると今度は献身的に支えてきた。

 ともに独身。助け合いながら芸を磨き、女性漫才コンビの代表的な存在として広く親しまれた。報道陣の取材に気丈に答えていたくるよさんだが、最後は号泣し、こう語った。

 「ありがとう、本当にありがとう。その優しさをひょっとしたら私気づいてへんかったかもわからんけど、お礼を言いたいです。日本一の相方とやってこられて、私ホンマに幸せやった。思い切って真っすぐ天国に行って頂きたいと思います。素晴らしい、素晴らしい人でした」

 葬儀は近親者のみで営まれ、後日、お別れの会を大阪市内で開く。(篠塚健一)

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 通夜に参列した漫才師の宮川花子さん(59)の話 ずっとお世話になりっぱなしで、お返しすることもできなかった。私、胃がんの先輩なんです。それやのに助けてあげられなかったことが無念で。姉さんの顔、人形さんみたいで、ほんまにきれいでした。まつげぱっちりで。こんな人、おらんと思います。