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 定刻になって、代助は出掛けた。足駄(あしだ)穿(ばき)で雨傘を提(さ)げて電車に乗ったが、一方の窓が締め切ってある上に、革紐(かわひも)にぶら下がっている人が一杯なので、しばらくすると胸がむかついて、頭が重くなった。睡眠不足が影響したらしく思われるので、手を窮屈に伸ばして、自分の後(うしろ)だけを開け放った。雨は容赦なく襟から帽子に吹き付けた。二、三分の後(のち)隣の人の迷惑そうな顔に気が付いて、また元の通りに硝子(ガラス)窓(まど)を上げた。硝子の表側には、弾(はじ)けた雨の珠(たま)が溜(たま)って、往来が多少歪(ゆが)んで見えた。代助は首から上を捩(ね)じ曲げて眼を外面(そと)に着けながら、幾たびか自分の眼を擦(こ)すった。しかし何遍擦(こす)っても、世界の恰好(かっこう)が少し変って来たという自覚が取れなかった。硝子を通して斜(ななめ)に遠方を透かして見るときはなおそういう感じがした。

 弁慶橋(べんけいばし)で乗り換えてからは、人もまばらに、雨も小降りになった。頭も楽に濡(ぬ)れた世の中を眺める事が出来た。けれども機嫌の悪い父の顔が、色々な表情を以て彼の脳髄を刺戟(しげき)した。想像の談話さえ明かに耳に響いた。

 玄関を上って、奥へ通る前に、…

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