[PR]

 翌日(あくるひ)眼が覚めても代助(だいすけ)の耳の底には父の最後の言葉が鳴っていた。彼は前後の事情から、平生(へいぜい)以上の重みをその内容に附着しなければならなかった。少なくとも、自分だけでは、父から受ける物質的の供給がもう絶えたものと覚悟する必要があった。代助の尤(もっと)も恐るる時期は近づいた。父の機嫌を取り戻すには、今度の結婚を断るにしても、あらゆる結婚に反対してはならなかった。あらゆる結婚に反対しても、父を首肯(うなず)かせるに足るほどの理由を、明白に述べなければならなかった。代助に取っては二つのうちいずれも不可能であった。人生に対する自家の哲学(フィロソフィー)の根本に触れる問題について、父を欺(あざむ)くのはなおさら不可能であった。代助は昨日(きのう)の会見を回顧して、凡(すべ)てが進むべき方向に進んだとしか考え得なかった。けれども恐ろしかった。自己が自己に自然な因果を発展させながら、その因果の重みを脊中(せなか)に負(しょ)って、高い絶壁の端(はじ)まで押し出されたような心持であった。

 彼は第一の手段として、何か職業を求めなければならないと思った。けれども彼の頭の中には職業という文字があるだけで、職業その物は体(たい)を具(そな)えて現われて来なかった。彼は今日(こんにち)まで如何(いか)なる職業にも興味を有(も)っていなかった結果として、如何なる職業を想(おも)い浮べて見ても、ただその上を上滑(うわすべ)りに滑って行くだけで、中に踏み込んで内部から考える事は到底出来なかった。彼には世間が平たい複雑な色分(いろわけ)の如くに見えた。そうして彼自身は何らの色を帯びていないとしか考えられなかった。

 凡ての職業を見渡した後(のち…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら

こんなニュースも