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 イタリアで11月22日まで開催されている世界最大規模の国際現代美術展、第56回ベネチア・ビエンナーレ。全体テーマ「全世界の未来」に呼応してか、紛争や人権など、現代社会の諸問題にかかわろうとする作品が目立った。

 好例が、国別参加部門で最高賞の金獅子賞を受けたアルメニア。オスマン帝国下でアルメニア人が迫害され、数十万人以上が殺害されたとされる事件から100年を機に、世界各地に散った孫世代の作家18人を集結させた。

 会場は主会場から水上バスで約10分離れた小島にある、18世紀創設のアルメニア系修道院。事件の証言者の映像、民話を絵で描き起こした作品などと、元からある印刷機や調度が並び、美術と史実の境目をあいまいにしている。場の雰囲気を借りて歴史を語り、考えさせる意図だろう。

 地球温暖化で水没の危機にある南太平洋のツバルは、台湾の黄瑞芳によるインスタレーションで、プールに挟まれた水びたしの通路を観客に歩かせた。カナダは空き缶やがらくたに埋め尽くされた部屋を作り、生産と消費について考えさせた。

 こうした視点は、「全世界の未来」というテーマを掲げたディレクターでナイジェリア出身のオクウィ・エンベゾー(1963年生まれ)の考えにも通じる。「世界の不均衡についてアーティストが出した答えを提示し、(アートの)新しい領域を探索したかった」と話す。

 小テーマの一つにマルクスの「資本論」を設定。主会場内に設けた劇場「アリーナ」で、演目の一つとして俳優が毎日「資本論」を朗読する。自ら手がけた企画展示部門では、暴力や政治的圧力に抗議する作品で、主張を強く打ち出した。

 床に長い刃物が突き刺さり、壁には「愛・憎しみ・喜び・痛み」といった電光文字が浮かび上がる一室。前者はアルジェリア出身のアデル・アブデスメッド、後者は米国のブルース・ナウマンの作品だ。胸にプーチン大統領への抗議を記したデモ用の服を並べたロシアの作家。「私はシャルリーか?」などの言葉を彫った木製の巨大な判子は、カメルーン出身の作家のものだ。

 人種や性差別を長くテーマとしてきた米国のエイドリアン・パイパーは、「すべては剝奪(はくだつ)されるだろう」という文章をチョークで繰り返し黒板に書いた作品などで、企画展示部門の金獅子賞を受けた。国同士の対立やメディアへの検閲を示唆しているようだ。

 プロパガンダのようにストレートな言葉の洪水に疲れてきた時、イメージの力やユーモアで社会を切り取った作品に出あった。

 アルゼンチン出身のミカ・ロッテンバーグの映像「ノーノーズノーズ(NoNoseKnows)」。作業場で母貝から取り出した真珠をひたすら選別するアジアの女性たちと、クシャミをするたびにパスタの皿が飛び出すという奇妙な仕事をする、孤独な西洋人女性の世界が交錯する。一見、労働格差を扱うようだが違う。洋の東西を超えた労働のつらさ、不条理さが漂う。言葉はないのに分かりやすく、見飽きない面白さがある。

 同じく言葉を使わず、国境問題を扱った作品も。会場外の関連イベントでは、インドとパキスタンの作家の共同展示「私の東はあなたの西(My East is Your West)」が目を引いた。インドのシルパ・グプタの作品では、3394メートルの長い白布にカーボン紙を当て、延々と模様を描き続けるパフォーマンスが行われていた。布の長さは、インドとバングラデシュの国境に設置されつつあるフェンスの長さを千分の1サイズで表しているらしい。国の行いの不毛さを、布の分量と静かな行為で示していた。

 日本からは、国代表の塩田千春のほか、企画展示部門に画家・石田徹也の作品が選ばれた。管理社会に適合できない人の苦しみを描き続け、2005年に31歳で亡くなった。エンベゾーは「強迫観念や孤独が表れて印象の強い作品。ある社会的立場に置かれた個人の寂しさが表現され、すばらしい」と評した。(安部美香子)

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エンベゾー氏、「プロジェクトの仕掛けは資本論」

 イタリアで開催中の第56回ベネチア・ビエンナーレで、ディレクターを務めるオクウィ・エンベゾー氏が朝日新聞のインタビューに答えた。

 ――アートを使ってしたいことは何か。

 「大きすぎる質問で答えづらいが、この展覧会に限って言えば、世界の不均衡に対して、アーティストに答えを表現してもらう。それを様々な形で提示し、(アートの)新しい領域を探索したかった。そこからどんな論理、アイデアが生まれるのか見たかった」

 ――ナイジェリア出身であるからこそ、できることは何か。

 「私がディレクターに選ばれたのはアート界における実績によってだ。現在はアメリカ国籍であるし、出自は関係ないと思う。これまでに(5年に1度ドイツで開かれる国際現代美術展)ドクメンタを始め、数々の展覧会を企画してきた。国籍を超えたアートの表現をしていくべきだ」

 ――今回、マルクスの「資本論」がテーマの一つになっている。自身の企画で、「資本論」の朗読パフォーマンスも毎日行われている。以前から興味があったのか。

 「世界の複雑さやメカニズムを『資本論』を通して見たらどうなるか。読んでいようがいまいが、見る人にインスピレーションを与えられると思った。アイデアのきっかけ、プロジェクトの仕掛けとして考えたのであって、お金や資本主義の善しあしについては問うてはいない。資本論をテーマに制作したアーティストもいる。(資本主義について経済地理学者デビッド・ハーベイと対話した映像を展示した)アイザック・ジュリアン、オラフ・ニコライなど」

 ――展示には言葉が使われた作品が多いが、ほぼ英語で統一されている。英語が母国語でない人も多いと思うが、英語中心主義になっていないか。

 「そういう見方もあるとは思うが、世界の多くの人がわかるように、最も実用的な言語として選んだ」

 ――企画展示部門に日本の石田徹也(1973~2005)を選んだ理由は。

 「非常に能力のあるアーティストで、作品に強さがある。たまたまある展覧会で見て知った。オブセッション(強迫観念)や孤独が表れて印象の強い作品だった。ある社会的立場に置かれた個人の寂しさが表現され、すばらしい」(安部美香子)

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