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第1章:5

 3日にわたって殺人未遂事件の裁判員を務めた古平衣美さん(42)は、判決の言い渡しを終え、達成感に包まれて帰宅した。

 子どもの世話を引き受けていた実母が「疲れたでしょう」と迎えてくれた。だが、何となく裁判のことは聞いちゃいけない、という雰囲気だった。古平さん自身も夫や子どもたちに「どうだった?」と言われても気軽には話せなかった。

 「守秘義務」

 この4文字が頭から離れなかった。

 裁判員には守秘義務が法律で課せられている。評議の経過や裁判員の意見などを話してはいけないとされている。違反すると、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられる。

 実際、裁判長からは、裁判員になった感想はいいが、評議室で話したことは言わないように、と注意されていた。判決後に臨んだ記者会見のときも、ほかの裁判員が発言するたびに、守秘義務違反にならないかと心配ばかりしていた。

 「どれぐらい話していいのか正直いってわからなかった。だから、話さない方が安全だと思って、貝になった」と古平さんは言う。

 ママ友に会えば、「大変だったでしょう」「つらかったでしょう」と声を掛けられた。気遣われているのはわかるが、腫れ物に触るような接し方は居心地が悪かった。話せないことがつらかった。

 約1カ月後、新聞で、裁判員経験者の交流の場ができるという記事を読んだ。助けを求めるように、すぐに問い合わせ先に連絡した。

 裁判員経験者と顔を合わせるようになり、悩みや思いを打ち明けた。同じ体験をした者同士、共感することも多く、少し気が楽になった。

 一方で、ほかの経験者の話を聞き、懲役10年の判決を出した自分の裁判を振り返るようになる。見知らぬ女性を背中から包丁で刺した殺人未遂事件。謝罪も反省もしなかった被告の姿が心のどこかにひっかかっていた。自分の名前を否定し、うつむいて独り言を繰り返していた被告……。

 インターネットで調べてみると、精神鑑定をして一から裁判をし直すという道もあったことがわかった。

 「あれでよかったのだろうか」

 自分の発言や自分たちが出した結論に対する疑問が頭をもたげてきた。

 あのときは裁判の仕組みも大してわかっていなかった。知識もないままに、裁判にかかわり、人の人生を左右する判決を出してしまったのだ。

 しかも、評議では立派な意見を言うほかの裁判員に影響され、自分ではもやもやした気持ちを抱えていたにもかかわらず、格好をつけてしまっていた。とってつけたような、偉そうな意見を言っていた……。自分自身のふがいなさを感じた。

 思い返すと、恥ずかしい。後悔でいっぱいになった。

 「裁判員なんてやらなければよかった」

 裁判員の経験は、悩みと苦しみをもたらすものになった。(編集委員・大久保真紀