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熊谷徹(在独ジャーナリスト)

 ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、今年3月に日本を訪れる直前にネット上に発表したインタビューの中で、「ドイツは再生可能エネルギー拡大の道を歩んでいる。日本にもそうなってほしい」と述べた。

 ドイツは、2011年に発生した、東京電力・福島第一原子力発電所の炉心溶融事故をきっかけに、エネルギー政策を根本的に変えた。世界中で、ドイツほど福島事故の教訓を真剣に自国にあてはめ、政策を大幅に転換させた国は一つもない。

 私は1990年からドイツを拠点にして、エネルギー問題を取材・執筆活動のテーマの一つとしてきたが、福島事故直後にこの国が見せた劇的な展開には驚かされた。もともと原子力擁護派だったメルケル首相が、福島事故の映像を見て原子力批判派に「転向」し、東日本大震災からわずか4カ月後には、原子力発電所を2022年末までに全廃することを法制化したのである。

 「日本と同じように天然資源が少ない物づくり大国ドイツは、本当に原子力発電をやめても大丈夫なのか」「ドイツが方針を変更して、原発を再稼働することはあり得ないのか」。私は、多くの日本人からこうした質問を受ける。

 私は2014年11月末に、ミュンヘン工科大学でドイツ技術アカデミー(ACATECH)などが開いたエネルギー転換に関する国際シンポジウムに参加した。この際にドイツ鉱業・化学・エネルギー産業労働組合(IG BCE)のラルフ・バーテルス氏に「今後どのような事態が起きれば、ドイツは原発全廃政策を取り下げるだろうか」という挑発的な質問をしてみた。IG BCEは、電力の大口消費者の利益を代表してエネルギー・コストの抑制を求めるとともに、エネルギー業界の雇用を守ることを任務としている。

 この産業別組合でエネルギー転換についての政策提言を担当するバーテルス氏は、「原発回帰はあり得ない」と断言した。「議会制民主主義に基づくこの国で、過半数を占める市民が原発全廃を支持しているのだから、そうした世論に逆行する政党は敗北するだけだ」と指摘した。

 確かに現在のドイツでは、原子力発電の復活を要求する政党や報道機関は、一つもない。「再生可能エネルギーの拡大のために電力料金が高騰しているから、2022年以降も原子力発電所を使い続けるべきだ」という意見も聞いたことはない。日本とは異なり、ドイツはエネルギー政策のぶれを見せていない。原子力の発電比率ゼロ、再生可能エネルギーの発電比率80%の社会へ向けて、まっすぐに突き進んでいる。現時点では、政界、経済界、報道機関を含めて、脱原子力についての国民的な合意ができあがっているのだ。

7基の原子炉を即時停止

 2011年3月11日以降、ドイツの新聞とテレビは日本で起きた地震と津波、そして原発事故のニュースで埋め尽くされた。福島事故に関するドイツのメディアの報道は、当初から日本よりもはるかに悲観的だった。翌日の3月12日には公共放送局が「最悪の場合、炉心溶融が起き、チェルノブイリ並みの事故になる」という原子力発電の専門家のコメントを流していた。

 1986年のチェルノブイリ事故で放出された放射性物質は、ドイツ南部を中心に土壌や農産物、野生動物を汚染した。この時の恐怖感は、市民の心に深く刻み込まれている。このため、ドイツは福島から1万キロメートルも離れているにもかかわらず、メディアの報道によって市民の間に不安感が高まった。ヨウ素剤や線量計を買い求める市民が続出した。

 メルケル政権は、迅速に行動した。事故発生から4日後、連邦政府は3カ月にわたる「原子力モラトリアム」を発令。当時ドイツには17基の原子炉があったが、政府は全ての原子炉の安全点検を命じた。地方分権が進んでいるドイツでは、個々の原子炉の運転の許認可権を、州政府の原子力規制官庁が持っている。原子力発電所がある州の政府は、連邦政府の意を受けて、1980年以前に運転を開始した7基の原子炉を即時停止させた。これらの原子炉と、2007年以来変圧器火災のため止まっていた1基の原子炉は、モラトリアム終了後も再稼働することなく廃炉処分となった。メルケル政権は前年に電力業界の要請を受け入れて、原子炉の稼働年数を平均12年間延長することを決めていたが、この措置も凍結した。

メルケル首相の告白

 メルケル氏は、「原子力発電所を安全に運転させることができるかどうかについて、首相として責任が持てない」と語り、脱原子力へ向けて大きく舵(かじ)を切った。彼女は、日本から送られてきた福島事故の映像を見て、「自分の原子力についての考え方が楽観的すぎたことを悟った」と告白した。

 メルケル氏の考え方は、2011年6月9日に連邦議会で行った演説にはっきり表れている。

   

 「(前略)福島事故は、全世界にとって強烈な一撃でした。この事故は私個人にとっても、強い衝撃を与えました。大災害に襲われた福島第一原発で、人々が事態がさらに悪化するのを防ぐために、海水を注入して原子炉を冷却しようとしていると聞いて、私は“日本ほど技術水準が高い国も、原子力のリスクを安全に制御することはできない”ということを理解しました。

 新しい知見を得たら、必要な対応を行うために新しい評価を行わなくてはなりません。私は、次のようなリスク評価を新たに行いました。原子力の残余のリスク(筆者注・一定の被害想定に基づいて、様々な安全措置、防護措置を講じても、完全になくすことができないリスク)は、人間に推定できる限り絶対に起こらないと確信を持てる場合のみ、受け入れることができます。

 しかしその残余リスクが実際に原子炉事故につながった場合、被害は空間的・時間的に甚大かつ広範囲に及び、他の全てのエネルギー源のリスクを大幅に上回ります。私は福島事故の前には、原子力の残余のリスクを受け入れていました。高い安全水準を持ったハイテク国家では、残余のリスクが現実の事故につながることはないと確信していたからです。しかし、今やその事故が現実に起こってしまいました。

 確かに、日本で起きたような大地震や巨大津波は、ドイツでは絶対に起こらないでしょう。しかしそのことは、問題の核心ではありません。福島事故が我々に突きつけている最も重要な問題は、リスクの想定と、事故の確率分析をどの程度信頼できるのかという点です。なぜならば、これらの分析は、我々政治家がドイツにとってどのエネルギー源が安全で、価格が高すぎず、環境に対する悪影響が少ないかを判断するための基礎となるからです。

 私があえて強調したいことがあります。私は去年秋に発表した長期エネルギー戦略の中で、原子炉の稼働年数を延長させました。しかし私は今日、この連邦議会の議場ではっきりと申し上げます。福島事故は原子力についての私の態度を変えたのです。(後略)」

   

 この演説は、物理学者・政治家メルケル氏にとって一種の「敗北宣言」だった。彼女は「以前の自分の考えは誤っていた」と、居並ぶ国会議員、そして国民の前ではっきり認めたのだ。ドイツ社会では、意見を大きく変えることは、好ましい評価を受けない。それまでの考えが浅かったことを、暴露することになるからだ。したがって、一国の首相がこれほど率直に「自分の考えが誤っていた」と公言するのは、珍しい。通常は、様々な理由を挙げて、なぜ自分が別の考えを持っていたのかを正当化しようとするものだ。だが彼女は一時科学者として働いた人間らしく、弁解することはせず、己の知覚能力、想定能力に限界があったことを正直に告白したのである。

緑の党なしに脱原子力はあり得なかった

 だが、メルケル氏が脱原子力に踏み切ったもう一つの理由は、この国の政治力学だった。

 当時メルケル氏は保守政党キリスト教民主同盟(CDU)、キリスト教社会同盟(CSU)、自由民主党(FDP)からなる保守中道連立政権を率いていた。これらの党はいずれも原子力擁護派だった。社会主義時代の東ドイツで、メルケル首相は物理学の研究者として働いていた。このため放射線についての基礎知識も持っており、ドイツ統一後にCDUの政治家になってからも、原子力発電については好意的だった。福島事故の前年には原子力発電のロビー団体の会合で演説し、「再生可能エネルギーが普及するまでのつなぎとして、原子力は重要だ」と語っていた。

 一方、当時の連邦議会で野党だった社会民主党(SPD)と緑の党は、原子力に批判的だった。

 さて福島事故の発生後にメルケルが懸念したのは、この事故の影響で野党への支持率が増えることだった。実際、3月26日にはベルリンやミュンヘンで25万人の市民が反原発デモに参加し、原子力発電に反対する機運が高まっていた。

 首相の懸念は、現実のものになった。3月27日、つまり福島事故の約2週間後にドイツ南西部のバーデン・ヴュルテンベルグ州で行われた州議会選挙で、原発擁護派だったCDUの首相が敗退し、環境保護政党・緑の党が圧勝したのである。同党は、SPDと連立して政権を樹立。CDUが58年間にわたって首相の座を独占してきた同州で、初めて緑の党の首相が誕生した。これは日本で言えば、保守王国・新潟県で、共産党の知事が誕生するような、革命的な事態である。世界有数の自動車メーカーや化学メーカーの本社があるバーデン・ヴュルテンベルグ州は、ドイツの物づくりの中心地の一つで、電力需要の約50%を原子力でまかなってきた。

 CDUが惨敗した理由は、二つある。一つはシュツットガルト駅の改修工事についての市民の反対運動に、州政府が高圧的な態度で臨んだこと。もう一つは、福島事故が引き金となった反原子力運動の高まりだった。ある有権者は、ラジオ局とのインタビューで「私はCDUに30年間投票してきたが、福島の事故を見て、自分がだまされていたことに気づいた。今回初めて緑の党を選んだ」と語った。

 この選挙結果を見て、メルケル氏は「原子力に固執していたら、緑の党とSPDに大量の票を奪われる」と懸念した。これ以降、メルケル氏が率いるCDUだけでなく、CSU、FDPも脱原子力へ向けて舵を切った。全ての保守政党が、緑の党と同じ政策を取るようになったのだ。メルケル政権は、2022年末までに全ての原発を停止させることを決定。連邦議会と連邦参議院は2011年7月8日までに、脱原子力法案を圧倒的多数で可決した。ドイツは福島事故が発生してから4カ月足らずで、原子力時代にピリオドを打つことを決めたのだ。

 西ドイツは、日本と異なり、1970年代から原子力発電について国を二分する論争を行ってきた。その中で決定的な役割を果たしたのが、緑の党だ。同党は、1980年の結党以来、脱原子力を求めてきた唯一の政党である(SPDは、チェルノブイリ事故が起きるまでは、原子力発電を擁護していた)。脱原子力政策そのものも、メルケルが生んだものではなく、緑の党の落とし子だ。

 同党は、1998年にSPDのゲアハルト・シュレーダー首相が率いる左派連立政権に参加し、環境相を担当した。そして2000年に、電力会社との間で原子炉の最長稼働年数を32年に限る「脱原子力合意」を成立させ、2002年に法律を施行させた。同時に、再生可能エネルギーを拡大させるための法律も施行させた。シュレーダー政権の脱原子力法は、全ての原発を停止させる時期を明記していなかったものの、ドイツの歴史で初めて原発全廃を法制化したことの意義は大きい。

 したがって私は、緑の党がこの国で一時期政権に加わるほどの政治勢力になったことが、ドイツが脱原子力を実現する上で、極めて重要だったと考えている。もしもドイツの緑の党が、隣国フランスにおけるような弱小政党だったら、今でも脱原子力政策は実現していないだろう。

倫理委員会の提言を尊重したメルケル

 もう一つ興味深い点は、メルケル氏が脱原子力を決定する際に、原子力発電の専門家だけではなく、原子力のプロではない知識人たちにも提言を行わせたことだ。

 メルケル氏は福島事故が起きると、まず原子炉安全委員会(RSK)に、国内の全原発について、いわゆる「ストレス・テスト」を実施させた。これは、原発が洪水や全交流電源停止、テロ攻撃などに耐えられるかどうかを検証するものだ。RSKは、原子力発電の専門家らが構成する技術者集団である。この委員会は、ストレス・テストの結果「ドイツの原発には、停電と洪水について、福島第一原発よりも高い安全措置が講じられている」と述べ、「原発を直ちに止めなくてはならないという、技術的な理由はない」という結論に達した。

 同時にメルケル首相は、哲学者、社会学者、教会関係者ら17人の知識人からなる「倫理委員会」を設置し、文明論的な立場から長期的なエネルギー政策についての提言を作成させた。委員には『危険社会』などの著書で知られる社会学者ウルリヒ・ベック氏や、カトリック教会、プロテスタント教会の幹部ら原子力発電に批判的な人々が多く加わっていた。公聴会では大手電力会社の社長などエネルギー業界の専門家も発言の場を与えられたが、提言書を執筆した委員には、原子力技術のプロや電力業界関係者は一人も加わっていない。委員会の構成には、福島事故後、メルケル氏が原発についての技術者のリスク分析に不信感を抱いていたことが表れている。

 倫理委員会は、RSKとは対照的に、原子力に対して否定的な態度を打ち出す。「福島事故は、原発の安全性について、専門家の判断に対する国民の信頼を揺るがした。このため市民は、“制御不可能な大事故の可能性とどう取り組むか”という問題への解答を、もはや専門家に任せることは出来ない」と述べ、原子力技術者に対する不信感をあらわにした。

 そして「原子炉事故が最悪の場合にどのような結果を生むかは、まだわかっていないし、全体像をつかむことは不可能だ。原子炉事故の影響を、空間的、時間的、社会的に限定することはできない」と指摘。潜在的な被害の大きさのゆえに、伝統的なリスク分析の手法を、原子炉事故に使用することはできないと警告している。

 メルケル氏を始めとして、多くのドイツ人は日本について「あらゆる事態について準備を整えたハイテクノロジー大国」という先入観を抱いていた。彼らは「チェルノブイリ事故は、社会主義国だから起きた。西側先進国では、あのような事故は起こり得ない」というドイツの原子力業界の主張を信用していた。だが福島事故は、その原子力神話を打ち砕き、「日本のようなハイテク大国ですら、過酷事故が起こり得る」という現実を突きつけた。そして倫理委員会は、原子炉事故の被害を除去するのに多額の費用がかかることを考えれば、同じ費用を太陽光や風力エネルギーの拡大にあてる方が賢明だと指摘した。

 倫理委員会は、2カ月の討議の結果2021年までに原発を廃止し、よりリスクの少ないエネルギー源で代替することを政府に提言した。メルケル政権は、この提言をほぼ完全に受け入れて、法案を作成した。

 倫理委員会の設置は、福島事故以降のドイツ政府のエネルギー政策の決定過程の中で、最も興味深い一章である。メルケル氏は、原子力事故が起きた場合には、多くの市民が影響を受けるので、原子力を使い続けるべきか否かについての判断を、技術者だけに任せてはならないと考えたのだ。そして原子力のプロよりも、市民の意見を尊重した。これは、ドイツ人の民主主義に関する考え方が日本とは異なることを浮き彫りにしている。

再生可能エネルギー拡大のコスト増大

 脱原子力は、ドイツのエネルギー転換政策の柱の一つにすぎない。再生可能エネルギー拡大と省エネルギーも極めて重要である。2014年の再生可能エネルギー(水力を含む)の発電比率は、25.8%。原子力(15.9%)に大きく水をあけた。2013年までは、褐炭による火力発電の比率が最大だったが、2014年には初めて再生可能エネルギーの比率が、褐炭を追い抜いて最大となった。

 メルケル政権は、再生可能エネルギー促進法(EEG)の中で、再生可能エネルギーの比率を2025年までに40~45%、2035年までに55~60%まで引き上げることを目標として明記している。2050年までには、80%に引き上げる。

 だが、原子力を代替するための再生可能エネルギーの拡大と同時に、電力料金が上昇していることも事実だ。ドイツ水道・エネルギー連邦連合会(BDEW)によると、年間消費電力が3500キロワット時の標準世帯の1カ月の平均電力料金は、1998年から2013年までに約68%上昇した。電力料金の中に再生可能エネルギー拡大のための賦課金、電力税などの税金が占める比率は、1998年には24.5%だったが、自然エネルギー拡大政策のために年々増え続け、2010年には50.2%に達した。つまりドイツの電気代の半分が、国のエネルギー政策・環境政策に基づく税金や賦課金なのだ。

 ドイツで1世帯あたりが毎年負担するEEG賦課金の額は、2014年の時点で266ユーロ(3万7240円・1ユーロ=140円換算)。過去4年間で、351%増加した。

 私は、1990年以来、ドイツの電力消費者である。2014年には、約3000キロワット時の電力を使い、約847ユーロ(11万8580円)の電気代を払った。この国の電力市場はEUの指令に基づき、1998年以来完全に自由化されている。しかし再生可能エネルギー賦課金の増加などのために、自由化による電力料金の値下げ効果は相殺されてしまい、全く感じられない。

 ドイツでは、送電事業者は需要の有無にかかわらず、再生可能エネルギーによる電力を買い取って送電網に送り込むことを義務づけられている。買い取りのための資金は、消費者が毎月の電力料金に上乗せされた賦課金として負担する。2014年に消費者が払った賦課金(EEG助成金)の総額は、236億ユーロ(3兆3040億円)に達する。14年間で26倍の増加である。

メルケル政権、再生可能エネルギー促進法を改革

 特に2010年以降は、新設される太陽光発電装置の数が増えたために、電力1キロワット時あたりのEEG助成金の額が急増した。2011年には72%、2013年には47%も増えている。このため、2012年の夏以降、消費者団体や産業界がメルケル政権に対して「助成金の伸び率に歯止めをかけるべきだ」と要望した。電気代の値上がりは、特に低所得者層にとって大きな負担となる。ヴェストファーレン高等専門学校のハインツ・ボントルプ教授は、可処分所得の中に電力料金の占める比率が5%以上である世帯を、「電力のために貧困に拍車がかかっている世帯」と定義している。教授によると、「電力貧困世帯」に属する市民の数は、過去15年間に170万人増えて、500万人になった。

 特に皺(しわ)寄せを受けているのが、失業しているか、就業していても給料が低すぎるために国の援助金を受けて生活している約350万人の市民だ。2012年に電気代の滞納のために一時的に電気を止められた世帯の数は、32万2000世帯にのぼる。

 またドイツの大口需要家向けの電力価格は、EUの28カ国の中で、5番目に高い。フランスの約2倍である。このためドイツの産業界、特に電力を大量に消費する化学業界、製鉄業界、非鉄金属業界は「これ以上電力コストが高くなると、製造施設をドイツから外国へ移す企業が増えるので、雇用に悪影響が及ぶ」と主張。2012年秋以降、再生可能エネルギー助成金の伸びに歯止めをかけるよう、メルケル政権に強く要求した。

 このため、メルケル政権は2013年春に再生可能エネルギー促進法の改革作業に着手。2014年4月に改革法案を発表し、議会を通過させた。この改革によって、政府は再生可能エネルギーの1キロワット時あたりの法定買い取り価格を、平均17セントから12セントに削減。また太陽光発電の新規設置容量を毎年2.5ギガワットに抑えるなど、上限を設定した。助成を太陽光と風力に集中させ、過剰な助成を減らす。

 さらに、これまで以上に市場メカニズムを取り入れる工夫もなされた。たとえば再生可能エネルギーによる電力の内、法定価格による買い取り制度ではなく、電力市場で直接販売する部分を徐々に拡大する。2016年以降は、メガソーラーの助成金を法律ではなく、競争入札によって決定する。

 ドイツのEEG助成金は、日本と異なり、法定買い取り価格と市場価格の差を補塡(ほてん)する。したがって、再生可能エネルギーの普及によって市場価格が下がれば下がるほど、EEG助成金が増えるという構造上の矛盾点がある。したがって今後の市場価格の動向によっては、今後もEEG助成金が政府の思惑どおりに減るとは限らない。それでも、メルケル政権は今回の改革によって、少なくとも助成金の伸び率にブレーキをかけることをめざしている。

 興味深いのは、2012年から2014年にかけて行われた、再生可能エネルギー助成金の抑制をめぐる議論の中で、政党や経済学者、消費者団体、産業界から「エネルギー・コストを引き下げるために、原子力発電所を再稼働させるべきだ」という意見は全く出なかったことだ。最も先鋭的なEEG批判派の主張ですら、「法定固定価格による買い取りを廃止し、市場メカニズムに任せるべきだ」というものだった。つまり、自然エネルギーを拡大するためのコストをいかに減らすかという議論の中で、「原子力回帰」は選択肢の中には入っていないのだ。これも、ドイツが「ポスト原子力時代」にあることを浮き彫りにする事実だ。

送電線拡充の大幅な遅れ

 もちろん、脱原子力と再生可能エネルギー拡大には、コスト増大以外にも、いくつかの問題点が残っている。まず送電線の建設が遅れていることだ。ドイツでは、陸上風力発電装置が北部に多い。また現在バルト海や北海では、洋上風力発電基地の建設が進んでいる。しかし電力の大消費地は、南部のバイエルン州やバーデン・ヴュルテンベルグ州なので、北部で作られた電力を南部へ送るための、高圧送電線(電力アウトバーン)を建設しなくてはならない。このため2013年6月に連邦参議院は、2022年までに全長2800キロメートルの送電線を新設するための法案を可決した。ところが、送電線が通る地域の住民たちが、景観の破壊や不動産価格の下落を理由に、反対運動を起こしている。さらにバイエルン州政府も住民の抗議に同調し、今年2月に「ドイツ北部からバイエルン州へ電力を送るための高圧送電線2ルートのうち、1ルートは不要だ」という見解を発表し、メルケル政権に対し計画の見直しを迫った。連邦政府は、住民の理解を得るために送電線の一部を地中に埋設することを検討しているが、建設コストは大幅に増える見通しだ。

 住民やバイエルン州の反対によって、送電線の建設は大幅に遅れている。たとえば、2009年に建設が決まったある送電線では、1877キロメートルのうち、2014年9月の時点で完成しているのは、わずか438キロメートル。全体の23%にすぎない。2016年末の時点でも、完成するのは建設計画の約40%にとどまると予想されている。

 バイエルン州やバーデン・ヴュルテンベルグ州は、福島事故が起きるまで電力需要のほぼ半分を原子力でまかなっていた。風力発電装置の建設は、北部に比べると進んでいない。さらにこれらの地域では、今後大きな出力を持つ原子力発電所が次々に停止していく。このため電力業界では、「ドイツの南北を結ぶ高圧送電網の建設が遅れた場合、電力需要が高まる冬季に、電力不足が起こる危険がある」と懸念する声もある。

原子力による電力輸入の矛盾

 私は日本でドイツのエネルギー転換について講演をするたびに、聴衆から「ドイツは脱原子力を決めたと言いながら、フランスやチェコから原子力による電力を輸入している。矛盾ではないか」という質問を受ける。

 ドイツは、原子力モラトリアムによって一度に7基の原発を止めた2011年も含めて、外国への電力輸出量が外国からの輸入量を上回る「純輸出国」である。近年では、再生可能エネルギーによる電力の輸出量が増えていることから、輸出量と輸入量の差、つまり純輸出量は増える一方だ。2012年には、22.8テラワット時の出超だったが、2013年には45%増えて33.1テラワット時の出超となった。

 しかし国別に見てみると、ドイツがフランスやチェコから輸入する電力は、これらの国に輸出する電力を上回っており、「入超」となっている。

 欧州では、国境を越えた電力取引は日常茶飯事だ。EUは、域内に単一の電力市場を創設することをめざしており、今後は電力の輸出入がさらに活発になる。

 こうした中でドイツがフランスに対して「あなたの国の電力の75%は原子力で作られているので、輸入したくない」と電力の輸入を拒否することは難しい。また電力を、「原子力から作られた電力」と「風力によって作られた電力」に分けることは、物理的に不可能である。さらに、エネルギー政策は各国の安全保障にもかかわる問題なので、ドイツ政府がフランス政府に「原子力の発電比率を下げて欲しい」と要求することもできない。

 したがって、ドイツがフランスやチェコから原子力による電力を輸入していることは事実だが、ドイツがそうした電力を国内に入れないようにすることは、事実上不可能だ。そこでドイツは、自ら決定できる自国のエネルギー・ミックスから原子力を排除することを決めたのだ。「隗(かい)より始めよ」というわけである。

 いずれにせよ、これはドイツのエネルギー転換の中の「不都合な真実」の一つであり、同国のメディアも大きく取り上げていない。

脱原子力をめぐる訴訟多発

 脱原子力をめぐって、納税者への負担を増やす可能性を秘めているのが、電力会社の訴訟である。福島事故の直後に原子炉を停止させられた大手電力会社4社(エーオン、RWE、バッテンフォール、ENBW)は、連邦政府や州政府を相手取り、8件の損害賠償訴訟、違憲訴訟、行政訴訟を起こしている。このうち、「政府の一方的な原子炉停止命令によって、憲法が保障する財産権を侵害された上、経済損害を受けた」として、4社が求めている損害賠償額は、少なくとも53億ユーロ(7420億円)に達する見通しだ。

 福島事故直後の原子炉停止のために、エーオンとENBWでは2011年度の決算が赤字となったほか、残りの2社の業績も大幅に悪化した。

 これらの訴訟のうち、RWEがヘッセン州政府を相手取り、「州政府が電力会社の意見を聴取しないまま、ビブリス原子炉を3カ月にわたり停止させたのは、行政手続き法に違反する」と訴えていた行政訴訟では、電力会社が勝訴した。このため法曹関係者の間では、「福島事故は、ドイツの原発を即時停止させる理由としては薄弱だった。電力会社が違憲訴訟や損害賠償訴訟でも勝つ可能性がある」という見方が浮上している。連邦政府や州政府が多額の賠償金を支払うことになった場合、結局は納税者が脱原子力のコストを負担することになる。連邦憲法裁判所での違憲訴訟の審理は、今年秋にも始まる予定だ。

最大手エネルギー企業が原子力事業を分離

 最近日本の保守系メディアの間では、「ドイツの脱原子力政策や再生可能エネルギー拡大は、コスト高騰のため、失敗に終わった」という記事が見られる。確かにドイツの再生可能エネルギー拡大政策では、2012年になるまでコストに関する議論が真剣に行われてこなかった。その理由の一つは、再生可能エネルギー拡大が経済的な理由ではなく、2000年にシュレーダー政権に参加していた緑の党の、エコロジー重視のエネルギー政策に基づいて実施されたからだ。

 つまり、再生可能エネルギー拡大は、緑の党の政治的イデオロギーの産物である。当時私は、連邦環境省で再生可能エネルギー拡大を担当していた緑の党に属する課長をインタビューしたことがある。彼は「我々の目的は、エネルギーの消費を減らすために、エネルギーのコストをあえて高くすることだ」と語った。つまり、緑の党にとっては再生可能エネルギーの拡大が、国民経済へのコストを増やすことは、織り込み済みだったのである。このことは、日本ではあまり理解されていない。

 また、ドイツの経済学者からは「ドイツのように日照時間が短い国で、太陽光発電を助成するのはナンセンスだ」という意見が強かった。確かに、EEG助成金のおよそ半分は太陽光発電に投入されているのだが、太陽光の発電比率は、2014年の時点で5.8%にすぎない。これは、非効率だと言わざるを得ない。

 それでも、ドイツでエネルギー転換を定点観測している私に言わせれば、「ドイツの再生可能エネルギー拡大は、コスト高騰のため、失敗に終わった」という主張は、完全な誤りだ。そのことを示す一つの例を挙げよう。

 2014年11月30日夜。ドイツ人たちは最初の待降節(アドベント)を迎え、静かにクリスマス・シーズンの到来を祝っていた。そこへ、青天のへきれきのようなニュースが飛び込んできた。

 デュッセルドルフに本社を持つドイツ最大のエネルギー企業エーオンが、原子力発電と褐炭、石炭などによる火力発電事業を切り離して、別会社に担当させると発表したのだ。本社は、再生可能エネルギーなど新しいビジネスモデルに特化する。このニュースは、ドイツのエネルギー業界だけでなく、ヨーロッパの経済界全体に衝撃を与えた。

 人々を驚かせたのは、今回発表された機構改革が極めて大規模で、エーオンという巨大企業を根本から塗り替えることだ。同社は、基本的に二つに分割される。エーオンの社員数は現在6万人。そのうち4万人は本社に残って、再生可能エネルギー、新時代の送電網ビジネスである通称「スマート・グリッド」、そして分散型の発電に関する顧客サービスを担当する。

 残りの2万人は、新会社に移って原子力発電と褐炭、石炭、天然ガスによる火力発電、水力発電事業を担当する。新会社の株式の大半は、現在のエーオンの株主が所有するが、一部は株式市場で販売する。大企業が不採算部門を切り離す時などに使う「スピン・オフ」という手法だ。つまりエーオン本社は、伝統的な発電事業から事実上「撤退」し、21世紀の新しいビジネスへ向けて新たな航海に出るわけだ。

 なぜエーオンは、これほど大胆なリストラに踏み切るのだろうか。その理由は、福島事故以降の原子力事業の業績悪化と、再生可能エネルギーによる電力の急増だ。太陽光発電装置の駆け込み設置が2010年以来急増したことなどにより、電力の卸売市場に大量のエコ電力が流入し、供給過剰状態が出現。電力の卸売価格が大幅に下がった。たとえば経済社会の恒常的な電力需要をカバーするベースロードと呼ばれる電力の先物取引価格は、2008年から2013年までに50%、需要が最も高くなる時のピークロードと呼ばれる電力の先物価格は、65%も下落した。

新エネ普及で業績悪化

 この価格下落のため、褐炭、石炭、天然ガスによる火力発電所の収益性が悪化。特に減価償却が終わっていない天然ガス発電所では、運転コストすらカバーできないところが現れた。発電すればするほど、損失が膨らむのだ。2013年のエーオンのドイツ国内での発電比率の中では、石炭、褐炭、天然ガスなどの化石燃料が59.5%、原子力が29.2%である。再生可能エネルギーはわずか11.4%と全国平均に比べて大幅に低い。つまりエーオンの発電比率の9割近くが、採算性の悪化しつつある部門なのだ。

 エーオンの2014年1~9月の純利益は、前年の同じ時期に比べて25%も減った。第4・四半期には、発電所の資産価値の低下によって、45億ユーロ(6300億円)の特別損失を計上する見込みで、通年では再び赤字決算となる可能性がある。

 ヨハネス・タイセン社長は、2014年12月2日の記者会見で「現在の企業構造では、急激に変化する市場に対応できない。これまで通りのやり方を続けていくわけにはいかない」と断言した。同時に「再生可能エネルギーのうち、風力や太陽光はまだ初期段階にあるが、火力発電などの伝統的な発電事業に比べて、今後急速に伸びると確信している」と述べ、同社の未来は新エネルギーにあるという見方を明らかにした。SPDで環境問題に詳しいミヒャエル・ミュラー議員は、「エーオン分割は、エネルギー転換の勝利を意味する」と宣言した。

 日本でいえば東京電力に相当するトップ企業が、原子力・火力発電から事実上「撤退」し、風力や太陽光発電を基幹事業にするという決定は、「ドイツで再生可能エネルギー拡大が失敗した」という日本での一部の報道に対する反証である。ドイツ人たちは、「物づくりと貿易に依存する経済大国も、自然エネルギーを中心とした電力供給体制への転換が可能だ」というテーゼを世界中に対して立証しようとしているのだ。

エネ消費と経済成長のデカップリング

 さらにドイツは、エネルギーの消費量を増やさずに経済成長を達成することをめざしている。同国のエネルギー消費量とGDPの間の相関関係は、年々弱まりつつある。

 電力会社などが作っているエネルギー収支作業グループ(AGEB)が2014年9月に発表した報告書によると、1990年から2013年までにドイツの国内総生産(実質GDP)は、37.8%増えた。しかし2013年のドイツの一次エネルギー(石炭、風力など他のエネルギーに変換されるエネルギー)の消費量は、1990年に比べて7.4%減った。GDP1000ユーロあたりの一次エネルギー消費量は、同期間に32.5%減ったほか、国民1人あたりの一次エネルギー消費量も、8.3%減った。エネルギー効率の改善はドイツ政府が最も重視する目標であり、今後もエネルギー消費と経済成長率の乖離(かいり)傾向が続くものと思われる。

 ドイツのエネルギー転換については、今後も経済性や安定供給をめぐって激しい議論が行われ、様々な曲折があることは間違いない。しかしこの国がめざす「原子力と化石燃料への依存から脱する」という究極の目標には、ぶれがないように思われる。

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