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プレーバック名古屋場所 1960年7月4日

 名古屋場所は1965年に今の愛知県体育館に会場が移るまで、名古屋市中区の金山体育館で行われていた。その建物は、かつて飛行機の格納庫や工場として使われていたという。

 9日目の幕内取組の真っ最中、対戦する玉乃海、若前田が土俵に上がったときだった。東の土俵際、正面寄り升席1、2列目辺りが突然の雨漏りに見舞われた。観客たちは当初、敷いていた座布団をかぶり、次いで傘を差して観戦した。

 それでも「雨脚」は強まるばかり。当時の朝日新聞は、たまりかねた観客が「御免、御免」と言いながら隣の升席に避難した、と伝えている。土俵下の控え力士の席もぬれたという。

 雨漏りは10カ所ほど。バケツを並べて「応急処置」を施した。その間も取組は続いたという。

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 名古屋場所が本場所に昇格したのは1958(昭和33)年。思い出の写真とともに、名古屋の夏を振り返ります。(鷹見正之)

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