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 翌日は平岡の返事を心待(こころまち)に待ち暮らした。その明(あく)る日も当(あて)にして終日宅(うち)にいた。三日四日と経った。が、平岡からは何の便(たより)もなかった。その中(うち)例月の通り、青山(あおやま)へ金を貰(もら)いに行くべき日が来た。代助の懐中は甚だ手薄になった。代助はこの前父に逢(あ)った時以後、もう宅(うち)からは補助を受けられないものと覚悟を極(き)めていた。今更平気な顔をして、のそのそ出掛て行く了見(りょうけん)はまるでなかった。何二カ月や三カ月は、書物か衣類を売り払ってもどうかなると腹の中で高を括(くく)って落ち付いていた。事の落着次第緩(ゆっ)くり職業を探すという分別もあった。彼は平生から人のよく口癖(くちくせ)にする、人間は容易な事で餓死するものじゃない、どうにかなって行くものだという半諺(はんことわざ)の真理を、経験しない前から信じ出した。

 五日目に暑(あつさ)を冒して、電車へ乗って、平岡の社まで出掛けて行って見て、平岡は二、三日出社しないという事が分った。代助は表へ出て薄汚ない編輯局(へんしゅうきょく)の窓を見上げながら、足を運ぶ前に、一応電話で聞き合すべきはずだったと思った。先達(せんだっ)ての手紙は、果して平岡の手に渡ったかどうか、それさえ疑わしくなった。代助はわざと新聞社宛(あて)でそれを出したからである。帰りに神田(かんだ)へ廻(まわ)って、買いつけの古本屋に、売払いたい不用の書物があるから、見に来てくれろと頼んだ。

 その晩は水を打つ勇気も失(う…

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