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東京都渋谷区(広島) 吉原桂子さん(81) 11歳

 両親は広島の日本製鋼所の幹部候補生が30人ほど住む寮の管理人をしていました。8月6日、爆風で自宅兼寮は吹き飛びました。2人の寮生が2階から下にたたき落とされ、脳振盪(しんとう)を起こしました。1階にいた私と両親ははい出ました。母はけがした寮生を連れていて、あとで会うと約束して別れました。

 足の踏み場もないほど、遺体が折り重なっていました。川の中は遺体と泣き叫ぶ人たちでいっぱい。今も叫び声が頭の中から消えない。父がビール瓶に川の水を入れて歩き出すと、「水を下さい」と子どもたちの叫び声。父は一生懸命、水を飲ませました。誰かに足をがしっとつかまれた私は恐ろしくて「父ちゃん」と叫びました。

 父に「水をあげなさい」と言われました。憲兵は大声で「水を飲ますと死ぬるぞ」と怒鳴りましたが、父は「もう死ぬるんだ!」と言い返し、楽に死なせてあげようと多くの人に水を飲ませ続けた。

 薄暗くなり、ぐったりした寮生を抱きかかえた母が現れました。血が噴き出しているのどをゲートルで巻いていました。父は「この人はもうだめだから」と言い、寮生を木の根元に寝かせました。3人で寮の焼け跡に戻り、父が集めた板の上に横になりました。

 日が暮れても、空は真っ赤。母親に「なんで赤いの?」と聞いたら、「周りがみんな燃えているからよ」と。何度も何度も聞いたのを覚えています。子どもの泣き声がしましたが、だんだん弱くなって聞こえなくなった。「死んじゃったんだ」と分かりました。空が明るくて、朝まで一睡もできませんでした。

 父が工場に残った真っ黒焦げの缶詰を持ってきました。金づちで開けると、みかんが入っていました。丸一日、何も口にしていなかったから、本当においしかった。それを1週間食べて過ごしました。

 寮の目の前の道端に、兵隊さんがタオルをかぶって横たわっていた。次の日には姿がなくなった。コンクリートに体の痕が残っている。母と水をかけて消そうとしたけれど、すぐにくっきりと浮かび上がってくる。その後も何度も水をかけたけれど消えませんでした。

 寮生が一人、二人と帰ってきて、そのたびに喜び合いました。母は会うと約束した寮生を気にして、探しに戻りました。見つけることができず、「最期をみてあげられなかった」と泣き崩れていました。

 原爆投下から3日後、帝国銀行に傷がうんだ人たちが並んでいました。銀行は壊滅状態でしたが、預金を引き出そうとする人たちでした。雨が降ると、青い光がぽっ、ぽっと浮かび上がりました。まるでホタルのように。父が「リンが燃えているのだよ。死んだ人がみんな天国に昇っていくのだ」と教えてくれた。思わず父の腕をつかんだまま、ぼうぜんと見つめていました。

 昨日、記者さんが来るから何を話そうかなと考えていて、ふと窓の外を見たら真っ赤な夕焼け空でした。「あの日の空みたいだな」と30分ぼおっと見てしまいました。

 戦後は広島、岐阜に住んでいました。岐阜にいたとき、夫が49歳で心筋梗塞(こうそく)で亡くなり、26年前に東京に住む一人息子から呼び寄せられて東京に来ました。近くに住む息子は毎朝来て一緒に朝ご飯を食べます。被爆の話はよくしてきたし、息子はうんうん、とよく聞いてくれます。

 ただ、しばらくは息子以外の誰にも被爆の話はしませんでした。「東京に来たら忘れられる」と思って来ました。でも、だめ。生きている間は忘れることなどできない。6年が過ぎたころから、地域や中学校で頼まれたら語り部をするようになりました。

 6月に広島女学院の同窓会があり、12人が集まりました。誰も、被爆のことは口にしない。いつもそうです。辛すぎるから。原爆が落ちた時にいた場所には一度も行っていない。広島には親戚がいるから行くことがあっても、あの場所には怖くて立てない。

 戦争が終わったとき、心の中で「万歳」と叫んだ。でも、母は3年後にがんになり、5年間の闘病を経て亡くなりました。祖母が母の遺体に覆いかぶさり、「やれ、かわいやのお。やれ、かわいやのお」と泣きながら、アルコールで体を拭いていました。

 20年間、靖国神社に毎月お参りしています。憲兵は意地悪だったから嫌いだけれど、若い兵隊さんたちはあまりにも可哀想と思ってね。お参りは父親が戦死した生野智恵子さん(75)と一緒に行っています。

 いまの生きがいはマンションと棟続きにある老人福祉施設でのボランティアです。お年寄りの話に耳を傾けたり、手作りの物を売ってお金を寄付したりしています。私はまだ、母を求めています。母が生きていれば101歳。お年寄りの方たちが、みんな母に見えます。

 米国人が悪いとは思っていません。戦争のことで恨むとしたら、あの時の日本のほう。核は持つべきでないと思うけれど、米国に支えてもらっているから平和な日本があります。日本は70年前に負けたんだから。そこをはき違えたらいけない。(聞き手・伊藤あずさ)

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