リベラルな立場で幅広い批評活動を展開し、戦後の思想・文化界に大きな影響力を持った評論家で哲学者の鶴見俊輔(つるみ・しゅんすけ)さんが死去したことが23日、わかった。93歳だった。

 1922年、東京生まれ。父は政治家だった鶴見祐輔。母方の祖父は政治家の後藤新平。38年に渡米し、翌年にハーバード大哲学科に入学。日米開戦後の42年3月、無政府主義者の容疑で逮捕されたが、戦時交換船で帰国した。43年、海軍軍属に志願してインドネシアに赴任。英語の短波放送などを翻訳し、幹部向けの情報新聞を製作した。

 戦後の46年、雑誌「思想の科学」を都留(つる)重人、丸山真男らと創刊。米国のプラグマティズム(実用主義)を紹介するとともに、共同研究の成果をまとめた「共同研究 転向」は戦前・戦後の思想の明暗を新しい視角からとらえた。49年、京都大人文科学研究所助教授。54年、東京工業大助教授。

 60年5月、岸内閣の新日米安全保障条約強行採決に抗議して東京工大を辞職。翌年、同志社大教授となるが、大学紛争下の70年、辞職した。作家の小田実らと結成した米国のベトナム戦争に反対する「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)運動を展開した。

 「思想・良心の自由」の信念から、ベトナム戦争からの脱走米兵援助や国外退去処分になった韓国人らを本国送還するまでの期間拘禁した大村収容所の廃止運動、さらに、投獄されていた韓国の反体制詩人・金芝河(キムジハ)氏への支援などに努めた。

 漫画や映画、テレビドラマ、演芸などにも見識が深く、戦後思想と結びつけた独自の大衆文化論を京都を拠点に展開。現代思想、大衆文化論への貢献と在野思想を確立した業績で、94年度の朝日賞を受賞した。

 近年も、9・11米同時多発テロ後のアフガン戦争やイラク戦争、自衛隊の海外派遣に反対し、2004年には平和憲法擁護を訴える「九条の会」設立の呼びかけ人となるなど、活発に発言を続けていた。

 著書に大佛次郎賞受賞の「戦時期日本の精神史」、日本推理作家協会賞の「夢野久作」のほか、「漫画の戦後思想」「限界芸術論」「アメリカ哲学」「柳宗悦」など。「鶴見俊輔集」正・続全17巻にまとめられている。

安保法案の今こそ鶴見さんの言葉がほしい

 鶴見さんと自宅が近所の歌人で京都産業大教授の永田和宏さん(細胞生物学)の話 鶴見さんの考えは浮いた哲学ではなく、暮らしと切り離されていない哲学。ベ平連の時も、組織ありきではなく、何かやらねばという意識から出ていると思う。安保関連法案反対のシンポを開いた際、メッセージを頼もうと思ったが、体調を気にして声をかけなかった。こういう時だからこそ鶴見さんの言葉が欲しいと思った。どういう角度で見るのか知りたかった。