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 広島・長崎への原爆投下から70年。旧ソ連との冷戦を経て超大国となった米国で、核兵器はいかに語られてきたのでしょうか。米国の論争や核開発の現場でインタビューを重ねました。第1部では「日本降伏、原爆は必要だったか」をテーマに、元米政府高官や歴史家らに聞きました。

ウィリアム・ペリーさん(元米国防長官)

 ――オバマ米大統領の「核兵器のない世界」演説を導いた「四賢人」の1人として、オバマ氏は任期中に広島・長崎を訪問すべきだと思いますか。

 「オバマ大統領の広島訪問について、もしアドバイスを求められたら、来るべきだと答えるだろう。しかし、謝罪するためではない。70年にわたって、幸いにも原爆は使われなかったが、危険は常にあった。だから、オバマ大統領が広島で言うべきことは『広島は核兵器の非人道性を象徴している。すべての国は二度とこれを使わないと誓い、そのための行動を起こすべきだ』ということだ」

 ――なぜ謝罪のためではないのですか。米国立スミソニアン航空宇宙博物館が企画した広島・長崎の被爆資料展示が退役軍人らの反対で中止された1995年の「スミソニアン論争」のように、米国内の状況が今もそれを許さないのでしょうか。

 「オバマ氏の広島訪問は象徴的な意味合いを持つ。大部分の米国人や歴史家は原爆投下による日本の降伏で本土侵攻作戦が避けられ、100万人の米兵とそれ以上の日本人が救われたと信じている。このように数の上では明確であるとしても、広島で原爆の犠牲になった人々や、その影響を受け続けている生存者のことを思えば、簡単に割り切れない。ここでは謝罪が問題なのではない。我々は過去ではなく未来に目を向けたい。核兵器は二度と使うべきではないというメッセージを発信する伝達手段として、大統領は広島を利用することができるだろう」

 ――米国の歴史家の間には、「原爆投下によって100万人の米兵が救われた」という言説は「神話」にすぎないとする見方があります。

 「原爆投下か日本本土侵攻かという二つの選択肢をみれば、ほとんどの歴史家は原爆が命を救ったとの結論を導くだろう。第三の選択肢があったという歴史家もいる。それがうまくいったかどうかは分からないが、それは歴史家が議論するべきことだ。ただ、原爆より本土侵攻の方が多くの命が失われたことは明らかだろう」

 ――米国人の核兵器観について、おうかがいします。今年4月発表のピュー・リサーチ・センターの世論調査によると、米国の65歳以上の高齢層では圧倒的に原爆投下は正当化できると答えたのに対し、若者層では正当化できないと考える人が多いようです。どう評価しますか。

 「若者らがこの問題をよく考えて答えたのかどうか分からない。歴史を理解しているとは思えないし、冷戦を生き抜いて核兵器への本能的な恐れを抱いているわけでもない。だからこそ、私は新たに立ち上げた『20・21プロジェクト』で若者たちの教育に主眼を置いている。核兵器が開発され使われた20世紀の歴史から学び、21世紀の今日に直面する政治決定に生かしてほしい。より危険の少ない未来の暮らしをつくるためだ」

 ――広島・長崎への原爆投下は、プロジェクトに盛り込まれていますか。

 「広島・長崎は歴史の重要な一部分だ。なぜ、1945年にそれが起きたのかを歴史的文脈で考えている。原爆が多くの命を救ったとする伝統的な考え方や、原爆使用を否定する修正主義者の考え方など、様々な歴史家の見方を盛り込んでいる」

 ――日米当局者間では、オバマ大統領が広島・長崎を訪問し、旧日本軍が攻撃した真珠湾を安倍首相が訪れる「相互訪問」の案が検討されていると聞きます。どう思いますか。

 「私自身としては、(日米の)対称的な意見交換には利益を見いだせない。オバマ大統領は核兵器の非人道性を訴えるために広島を使うのが適切だと思う。核兵器が二度と使われてはならないという主張は、世界が直面する様々な政治課題から独立したものだ。真珠湾をめぐる問題とも直接の関係がない」

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 William Perry 1927年生まれ。94年~97年、米クリントン政権で国防長官。07年に意見論文「核兵器のない世界」を発表した米国「四賢人」の1人。オバマ大統領のプラハ演説を導いたとされる。(核と人類取材センター・田井中雅人

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 たいなか・まさと 1968年京都市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。93年朝日新聞入社、福山支局、ヘラルド朝日編集部、横浜・横須賀支局、外報部、中東アフリカ総局(カイロ)、国際報道部デスク、米ハーバード大客員研究員(フルブライト・ジャーナリスト)などを経て、今年5月から核と人類取材センター。ツイッターはhttps://twitter.com/tainaka_m別ウインドウで開きます