[PR]

 東日本大震災で職員40人が犠牲になった岩手県大槌町の役場庁舎が津波に襲われた時の写真が残されていたことが、震災から4年半近くたってわかった。町は2014年3月、震災検証の報告書をまとめたが、地震直後の町の対応がわかる記録が見つかったことで、住民らから「再検証すべきだ」との声があがっている。

 見つかった写真データは28枚分。カメラの記録によると、最初に揺れが襲った約10分後の11年3月11日午後2時56分56秒から、3時26分54秒までの30分間に撮影された。

 揺れで蛍光灯の落ちた庁舎内の写真から始まり、建物の外に机を並べて災害対策本部を設置している様子、津波が駐車している車を押し流す瞬間と続き、庁舎内の窓に押し流された家のがれきが迫っているところで終わっている。

 撮影した町職員は「記録するよう指示されて対策本部の様子などを撮っていたが、まさか津波が来るとは思わなかった」と話す。津波が見えたので2階に逃げたものの流され、とっさに窓から屋上に上って助かった。

 カメラはその後、同僚を助け上げるのに邪魔になり横に置いたが、さらに大きな津波が来たので放置して逃げた。翌日捜すと、屋上の突起物にひっかかっていた。カメラに残されたデータはそのままになり、今年夏に震災記録史の編集作業中に庁内の資料から見つかったという。

 町は震災検証の最終報告書で、高台の公民館に避難しなかったことなど、役場の初動対応が不適切だったことを認めた。しかし、住民らから「事実関係が不確かで、調査不十分」との声があがっている。

 斎藤徳美・岩手大名誉教授(地域防災学)は「写真を見る限り、津波が来るかもしれないという緊張感が感じられない。なぜ高台に上がれという指示がなかったのか、町民の行動に影響しなかったかなど再検証すべきだ」と指摘する。(編集委員・東野真和