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 戦後日本の転換点はいつか。戦後はいつまで続くのか。朝日新聞デジタルのアンケートに、これまで合わせて900を超える回答をいただいています。みなさんの意見をもとに、戦前生まれの劇作家で評論家の山崎正和さんと、80年代生まれの気鋭の社会学者古市憲寿さんに、私たちにとって戦後とは何か、語ってもらいました。

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 古市 ぼく自身、現代史をきちんと教わった記憶がありません。いまの10代と話していても、アメリカと戦争をしたことさえ知らない人がいます。山崎さんは戦後70年って、ピンと来ますか?

 山崎 来ます。私は戦前を、個人的に負の体験として見ています。小学校時代は体が弱く、それだけで(将来兵隊に不適とみられ)非国民扱いでした。先生には軽蔑されたし、友人からも疎外された。殴られたりいじめられたりしました。それが、戦争が終わって解放されて、喜ばしい戦後が始まりました。戦後とは私にとって、生活上の自由と平和と安全でした。

 今回の(戦後はいつ終わるかというアンケートの)回答を見ると「戦後はまだ当分続く」という答えが多い。ここにあるのは「次の戦争が起こるまでは」という意識です。こういう感覚を持っている人がこれだけいることは印象深い。でも私は賛成できません。人類はすでに最終兵器を持ってしまった。今度全面戦争をやったら破滅です。テロリストによる戦争は起こるが、第2次世界大戦のような、国家同士の総力戦はもう起きない。なので、「次の戦争までは戦後」とはなりません。

 古市 ということは逆説的ですが、戦後という言葉はこれからも使われるし、戦後は終わらないということですか。

 山崎 戦後という時代区分の意味が変化し、最終的には無意味になると思う。ただ、劇的に何かが変わるということではないでしょう。今後、たとえば米国と中国がイデオロギーを掲げて決戦を挑むということは、まずありえない。

 古市 日本は冷戦の勝者でした。アメリカ陣営について、経済成長を遂げて、一度は世界第2位の経済大国になったという意味で。でも、冷戦の勝利をもって、あの戦争の「戦後の終わり」にはならなかった。

 山崎 冷戦は日本を救いもしましたが麻酔をかけたともいえます。

 古市 どんな麻酔ですか。

 山崎 もう戦争は終わった、自分たちは主権と尊厳を回復した、と思わせてしまった。ところがどっこい、第2次大戦直後の構図が部分的に復活した。たとえば安倍さんが靖国神社を参拝したら、中国・韓国が批判し、米国まで「失望した」と言った。米韓中が組んで日本を非難したのは、第2次大戦直後の構図の復活なんです。

 古市 では、冷戦の終わりは、戦後の転換点だとみますか。

 山崎 50代の男性が(アンケートに)こう書いています。「冷戦が戦後日本の前提だった。その終結直後にバブルが崩壊し、今に至るまで日本は漂流している」。同じ趣旨の発言がいくつかありました。1本の線だけでは区分出来ないけれど、私もほぼこのあたり、1990年前後で日本の戦後の質がかなり変わったということには同感です。

冷戦、日本に麻酔かけた

 古市 ぼくも転換点は90年前後だと見ています。最近『保育園義務教育化』という本を出したのですが、僕は少子高齢化に強い危機感を抱いています。90年は「1.57ショック」が発表された年でした。女性が一生の間に産む子供の数(合計特殊出生率)が1.57人となり、丙午(ひのえうま)の66年の1.58を下回った。今後、少子高齢化が進むというインパクトを社会に与えた年です。戦後続いた「若く働ける層は多く、高齢者は少ない」という人口動態の終わりが見えた時期です。この時点で手を打っておけば、人口も回復した可能性があった。

 山崎 手は打てましたか。

 古市 2000年から15年は、団塊ジュニア世代の出産適齢期でした。子供を育てやすい社会を作っていたら第3次ベビーブームが起きてもおかしくなかった。戦後日本の転換点にバブル崩壊をあげた人が多いですが、本当の問題はこの時期に日本の人口動態が変わったことです。日本が戦後繁栄したのは若者が多くて世界の工場たりえたこと。冷戦期は中国や共産圏に任せるわけにはいかないし、韓国は軍事政権だった。東南アジアはまだ経済的に離陸していない。日本しか世界の工場がなかった。

 山崎 政治面でいうと、人々の間に気分としての、冷戦対立を背景にした55年体制的な思考がかなり残っていると感じました。安倍政権の新安保体制への批判。これが強い。野党風にものを考える風習が残っているということですね。戦後を肯定的にとらえて、良かったと言っている人の数は圧倒的です。戦後否定論、戦後民主主義否定論がなかったことが、むしろ印象的です。

 回答には「現在が戦後の転換点だ」というものも多い。安倍政権が進めようとする安保法制の影響でしょう。これによって「せっかくつくった戦後を安保法制で破壊しようとしている」というわけです。でも私は、安保法制とは「戦後の終わり」をなんとか食い止めようとする動きの一つだとみています。これによって(戦後の基軸だった)日米同盟を強化して、なんとしても米国と中国が組んで日本を非難するなどということにはなってほしくないと。

 古市 ということは、首相は「戦後レジーム(体制)からの脱却」と言っていますが、実際にやっていることはむしろ「戦後レジームの延命」であるというわけですね。

 山崎 その通りです。

戦後=平和と語られる

 古市 「戦後はもう終わっている」という答えも多いですね。終わっているにしても、続くにしても、「戦後」を「平和」と置き換えても問題ない文章が多い。よくも悪くも戦後という時代が平和という言葉とともに語られています。

 ただ、日本は戦争に参加していないかといえば、局所的には違う。イラク戦争など、自衛隊が送られたケースはあるし、IS(イスラム国)に人質を取られて殺されてもいる。現代的な意味でいえば、局所的に戦争にかかわったことはあるけれど、そういうことはなかったことにして「戦後日本はずっと平和だった」とイメージを持っている人が多いのが、回答を見て思ったことですね。「戦後は終わっている」という人の多くは、「平和でなくなりつつある」と危機感を持っているんじゃないか。一方で「当分続く」という人は、ずっと平和でいてほしいという願いがあるのではないか。

 山崎 人間には時代を区分して考える習慣があります。歴史を理解するためには時代区分は必要です。ただし、どういう広がりの中で戦後を区切るか。ジャーナリズムや知識人が考えていくべき課題です。

 古市 山崎さんがおっしゃるように、同じような戦争はもう起きない。そうすると、いつまでもあの戦争が準拠点にならざるを得ないのかなと思います。

 山崎 時代の区切りで言うと、いまものすごくたくさんありますね。一番最初に出てきたのは、明治100年か。今度、世界遺産に日本の近代化産業群がはいりましたね。あれでみると150年ぐらいですか、区切りが。私は日本の近代化は、室町後期以来の伝統だと考えています。平和、象徴天皇制、商工重視、都市文化など、どの面でも戦後はこの伝統に帰ったのです。

 古市 戦後は朝日新聞がある間ぐらいはあるんじゃないですか。そもそも戦後と言っているのって新聞やテレビ、雑誌といったマスメディアぐらいですよね。一般の生活の中で「今年は戦後70年だよね」っていう会話はあまりしない。だからメディアが元気なうちは戦後という言葉は使われるでしょうが、衰退とともに言葉も消えていくのかなあという気がします。あの戦争についても、みんながどれだけ知っているかはあやしい。真珠湾攻撃の日を正しく答えたのは2割という調査もあります。戦後という言葉が残っても、内容自体が風化の最中にあると思います。だんだん意味のない言葉になっていくのではないでしょうか。

 山崎 戦後は日本史本来の姿に戻ったのだから、長く続くともいえるし、逆に当たり前過ぎて忘れられやすいとも言えるでしょう。私は今の天皇に着目したい。あの方は、戦争と戦後に非常にこだわりのある方と思います。いまだに各地の戦跡を訪ねておまいりをされる。あるいは戦争被害者の集まりに行ってあいさつをなさる。靖国参拝はなさらない。これは昭和天皇から引き継がれたのでしょう。私はいまの天皇制が続く限り、戦後は続くと思います。(構成 刀祢館正明、高久潤

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 〈やまざき・まさかず〉 34年生まれ。大阪大学教授や東亜大学学長などを歴任。文化功労者。著書に「柔らかい個人主義の誕生」「社交する人間」など。

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 〈ふるいち・のりとし〉 85年生まれ。東京大学大学院博士課程在学。著書に「絶望の国の幸福な若者たち」「誰も戦争を教えられない」など。

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 「日本の『戦後』はいつまで続くのか」のアンケートを朝日新聞デジタルのフォーラムページ(http://t.asahi.com/forum別ウインドウで開きます)で実施中です。ご意見はasahi_forum@asahi.comメールするへ。