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 髪の毛が抜け、ぐったりと横たわる少女の耳から採血する青年。原爆投下から間もない長崎市の救護所で、朝日新聞西部本社のカメラマンだった故・富重安雄氏が撮影した写真だ。青年は浜清さん(92)=愛知県岡崎市。次々と亡くなる被爆者を前に無力を感じた。「できる限りのことをやれただろうか」。今も自分に問いかける。

 全身が焼けただれた人、体中にガラス片が刺さった人。被爆者が次々と運び込まれてきた。投下から3日後の1945年8月12日、浜さんは、爆心地に近い山里国民学校(現・山里小)に設けられた救護所にいた。できる治療と言えば、傷口を消毒したり強心剤を打ったりするくらい。「無力さに歯がみする思いでした」と振り返る。

 浜さんは43年、九州帝国大(現・九州大)医学部に入学。長崎に原爆が投下された後、医師らによる救護隊に加わった。市内に入ったときの光景は「地獄そのもの」。焼けただれた遺体がころがり、路面電車の中で乗客が座ったまま黒こげになっていた。患者らは次々に息絶え、運動場に積み重ねられる遺体の山は高くなるばかりだった。

 いったん福岡に戻ったが、終戦…

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