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 戦国時代、「長篠の戦い」で織田・徳川連合軍が使った鉄砲は、本当に3千丁だったのか。諸説あって専門家の意見も分かれるこの謎に、岐阜県立岐阜工業高校(同県笠松町)の報道・放送部員2、3年生11人が挑んだ。岐阜ゆかりの戦国武将・織田信長の家臣、太田牛一(ぎゅういち)が記した信長の一代記「信長記(しんちょうき)」の筆跡を鑑定し、生徒たちが導いた結論とは――。

 報道・放送部は2013年から、県博物館(同県関市)から展示のPR動画の制作を請け負ってきた。今春の展示が信長らをテーマにすると決まり、動画の内容を話し合っていたところ、博物館から信長記について教えられた。

 長篠の戦いで勝敗を分ける原因となったとされる鉄砲の数は、信長記にある「鉄砲三千挺(ちょう)計」が通説だったが、研究者の間では、信長直属の鉄砲が約1500丁で、ほかの武将らの鉄砲を合計すると数千丁にのぼるという見方がある。信長記の記述は、なぜか「三」の文字だけが小さく、太田が「鉄砲千挺計」と書いた後、誤りに気づいて自分で付け足したという説や、後世に別人が付け足したという説がある。そこで部員たちは、信長記から「三」の文字をすべて抜き出し、筆跡を検証することにした。

 博物館を通じて全15巻、計1278ページの信長記の画像データを借り、交代でパソコンに向かってひたすら「三」の文字を抜き出したところ、270個が見つかった。さらに画像処理ソフトを使って「鉄砲三千挺(ちょう)計」の「三」を赤色、抜き出したほかの「三」を黒色にし、文字を重ね合わせて1文字ずつ印刷。「三」の字体を比較した。

 その結果、太田の自筆と思われ…

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