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 羽田圭介と申します。選考会当日、先輩作家の長嶋有さんとカラオケに行って、そこでデーモン閣下のメイクをしていたことで、受賞後にいろんなインタビューを受ける機会がありました。テレビの収録や生放送、もちろん慣れ親しんだ文芸誌や雑誌のインタビュー記事、あとは新聞に書いたエッセーなど、小説以外のいろんな表現をする機会がありました。

 バラエティー番組などで、奇人みたいな感じに編集で色づけされ、恥をかくという経験もしました。でもそれは自分がその場にいて、自分がやったことの結果として発露されたことなので、そんなに寝つきがわるくなるなんてことはなかったです。

 ただ、たとえば電話インタビューで、放送作家の方とかディレクターの方が電話で取材してインタビュー記事をまとめて、たぶん制作会社の上の人とかが編集して原稿を作って、それをスタジオにいるアナウンサーさんが読む。それに対してコメンテーターの方々がいろいろ好きなことを言う。その過程を経て、自分が電話取材でしゃべったことが、8割方変えられて出てしまったことがあったんです。

 それがたとえば、自分の行為の恥の度合いを減らす編集であっても、自分の言葉を曲げられたことへの憤りのほうが強くて。自分の言葉を曲げられるということにはもう、寝つきが悪くなるぐらい怒ったって感じがありました。それはなんでかというと、この成熟した日本で、自分の発する言葉を曲げられるってことは、武器を取り上げられるのに等しいからなんだと思います。

 自分は普段、小説という表現形式で、原稿用紙数十枚から数百枚で虚構の話、うその話を書いている。それで自分の表現したいことを正確に伝えられていたんだなと、今回実感しました。

 これを実感できたのは、芥川賞を受賞して、いろんな表現の方法を試す機会があったからで、今年キャリアとしては12年目なんですが、漫然と小説家としてやっているだけでは、そのことには気づけなかったと思います。受賞決定から1カ月間で小説という表現形式の尊さに気づけただけでも、芥川賞を受賞できてよかったと思います。

 これからも、うその言葉だからこそ表現できることを、原稿用紙数十枚、数百枚で表現していこうと思っています。どうもありがとうございました。