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 日本は直接攻められていないのに、他国のために自衛隊が出動する。そんな集団的自衛権がどんな時に必要だというのか。

 安倍政権が憲法解釈を変えた昨年夏の閣議決定から1年が過ぎても、いまだに具体的な想定が見えない。

 歴代政権は集団的自衛権をずっと否定してきた。その重い国策を転換しようというのなら、なぜ、どんなケースで必要か、国民に理解できる説明をするのは最低限の責務である。

 ところが、これだけ議論を重ねてもなお、説得力のある具体例は示されていない。

 他国への攻撃によって日本の存立が脅かされる明白な危険がある事態――。そんなときに個別的自衛権では対応できないことが、現実に起こりえるのか。根本的な問いに答えがない。

 もともと安倍首相が掲げたのは、日本人の母子が乗る米国の軍艦のイラストだった。「日本人の命を守るため、米国の船を守る」とし、それには集団的自衛権が必要だと語った。

 だが、今週の参院で民主党が「邦人が米軍艦に乗っていることの、どこが『存立危機』なのか」とただすと、中谷防衛相は「邦人が乗っているかは判断の要素の一つではあるが、絶対的なものではない」と述べた。これでは説明になっていない。

 政府は実際には、朝鮮半島有事で集団的自衛権をつかい、対馬海峡を自衛隊が封鎖する事態などを水面下で想定したことがある。そうした本音の具体例は今に至るも表で説明しない。

 それ以外に、これまでに政府側が挙げた具体例としては、公海上で弾道ミサイル対応に当たる米艦の防護や、中東ホルムズ海峡での機雷掃海がある。

 だが、艦隊を組む米艦が自衛隊に守ってもらうような事態に現実味があるとは言い難い。

 中東での機雷掃海についても首相は「(原油が)途絶えれば救急車などのガソリンはどうなるのか。寒冷地で命に関わる問題となりかねない」という。それで国家存立の危機だと納得する国民がどれだけいるか。

 国民の目にはっきりと見える日本への攻撃と違って、他国への攻撃が日本の存立に影響するかを判断する認定は、政府の恣意(しい)に左右されやすい。

 だからこそ一定の基準が必要なはずだが、政府のいう武力行使の新たな要件は歯止めにはなり得ない。このままでは集団的自衛権を行使する決断を政府に白紙委任するに等しい。

 存立危機事態とは何か、その認定の明確な基準すら見えない欠陥法案である。

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