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 日本にはどんな格差があり、どう解決すればいいのか――。3~4月にフォーラム面などで「格差問題」を取り上げたところ、「授業で記事を使います」「学生と議論してもらえませんか」と連絡をいただきました。20歳前後の若い世代は、格差問題についてどう受け止めているのでしょうか。担当した記者が授業に参加しました。

青山学院大@相模原

 青山学院大学社会情報学部(相模原市)では、前期に「合理的思考と社会行動」という授業があります。データに基づいて論理的に考えることを学ぶことが目的です。社会的に問題になっているテーマを設定し、一つのテーマについて3~4回の授業が行われます。異なった専門の複数の教員が担当し、約20人が履修しています。

 今年度のテーマの一つに「格差」が選ばれました。授業は3回。1回目は経済学の教員が格差に関するデータの読み方を説明。2回目は進化心理学の立場から格差を説明したそうです。

 疋田多揚(さわあき、35)と沢路毅彦(49)が7月21日、3回目の授業にお邪魔しました。この日は、5~6人の班に分かれて、どのような「格差」が問題で、どのような解決策があるのか議論しました。事前に朝日新聞のフォーラム面、格差をテーマにした「教えて」シリーズ、「21世紀の資本」の著者であるフランスの経済学者トマ・ピケティ氏が来日した時のシンポジウム記事などが配られ、議論の参考にしていました。

 リポートの課題は「記者として格差問題をテーマにしたフォーラム面の記事を書いて下さい」です。締め切りは8月17日でした。

 リポートを提出した学生のなかから2人に会いました。

 3年生の原口優子さん(20)は、朝日新聞の3月20日付「教えて」シリーズを読み、格差を表す代表的な指標で、「0」に近いほど平等であることを表すジニ係数では、日本の格差が先進国の中で大きく、貧困率も高いことを知りました。原口さんは「所得がない高齢者や子供を含めて比較をするのは意味がない」と考えましたが、18~64歳で比較したジニ係数でも日本の格差が大きいことを確認しました。

 ただ、ピケティ氏来日時のシンポジウムをまとめた朝日新聞の記事(2月24日付)を読んでも、なぜ格差是正が必要なのか、はっきりしませんでした。原口さんは、「実際の格差よりも格差による不平等意識が問題ではないか」と考えました。

 心理学関係の授業をとっている原口さんは、心理が社会に与える影響に関心があるそうです。ネットで検索して発見したのが、格差意識とジニ係数の関係を比較した2012年版厚生労働白書のデータです。

 わかったのは、フランスやスペインなど、ジニ係数が日本より低いのに、格差が大きいと感じている人が多い国があるということでした。ジニ係数と不平等だという意識が必ずしも比例しているわけではないのです。

 特徴的なのがアメリカでした。ジニ係数が最も高いのに、格差意識は、ジニ係数が最も低いデンマークと同じくらいになっています。原口さんは、「アメリカンドリームに通じる皆に開かれた機会と実力主義」がアメリカで不平等だと感じる人が少ない原因ではないか、と考えています。

努力次第で学べる社会に

 2年生の倉林諒(りょう)さん(19)は、授業中の議論で、「所得が高い家庭で子供の学力が高いのは、教育にかける費用の違いに原因がある」という意見があったことを紹介しています。ディスカッションの結果、所得格差は教育の格差や雇用の格差など、あらゆる格差の根源なのではないか、と考えました。

 ただ、格差の解決策を見いだすことはできなかったそうです。その理由は「私たち自身が格差上で優位な立場でいるため」ではないかと指摘しています。

 また、「格差のない社会を実現するのは困難で、すべてが平等である社会を望んではいない」という意見も出たそうです。それまで倉林さんは、所得格差をなくすことばかりを考えていたそうですが、「平等である社会が本当に理想の状態なのか」と疑問を投げかけています。

 「学習は努力次第。所得によって教育機会が違うのは不平等だ」という倉林さん。今は公務員の仕事に興味があるといいます。「格差について考えることができて、いい経験でした」と話していました。

青山学院大准教授・寺尾敦さん(認知科学)の話

 私が授業で若者の格差問題を取り上げたのは、多角的な視点から取り上げられるテーマだったためです。教育という観点や、外国との比較、経済や社会制度、ボランティアなど、複数の領域にまたがります。いろんな情報を集めて市民として判断を下す人材を育てるのが大学の役割のひとつなので、うってつけだと考えました。

 学生たちが提出したリポートを読むと、「教育格差」について論じるものが多くありました。比較的学費のかかる私立大学に通っていて、誰もが払えるわけではない、という自覚があったようです。自分と違う見方を紹介したり、貧困を社会制度やボランティアから論じて複数の視点からとらえたりするなど関心は深まったのではないかと思います。

 私自身は、格差は世代を超えてまわりがちだと思うので、勉強する機会を提供するなど教育分野の支援から手を打つしかないと考えます。ボランティアの学習支援も広がっていますし、ネットを使ったビデオ授業という現代ならではの試みもあります。そんな動きに期待しています。

国際こども・福祉カレッジ@新潟

 6月、新潟市にある「国際こども・福祉カレッジ」という専門学校で、岡林佐和(34)と疋田が「子どもの貧困」をテーマにした授業に参加しました。春にフォーラム面などで掲載された紙面を「児童福祉」の科目で取り上げたそうで、学生の感想を私たちに送ってくれたことがきっかけでした。

 学生は「総合福祉学科」と「福祉心理学科」に通う2年生の14人。「貧困の現場に触れることがなかなかないので、直接取材した記者に話してほしい」と、授業を担当する坂井摂子先生からお招きいただきました。

 記者が取材で見聞きしたこと、感じたことを話しました。その後、参加した学生のみなさんの感想を聞いたり、疑問に答えたりしました。

 学生からは次のような意見や疑問が出ました。

 「見えにくい貧困を、社会に知ってもらうにはどうすればいいだろうか」(中川葉月さん)

 「募金でお金を寄付して、直接支援するのが一番効率的ではないか」(佐藤佑太さん)

 「日本の子育て予算はどれくらいあるのか」(渡辺ほのかさん)

 「高齢者に充てる予算を減らさないと、若者に充てられないのだろうか」(風間達大〈たつひろ〉さん)

 授業の最後に疋田が「何か大きなことをしようと思わなくてもいいので、とにかく貧困や格差のことを忘れないでほしい。長く生きている間に、あ、これだ、と思えることに出会えるはずだから」と話しました。

 後日、「子どもの貧困対策センター設立準備会」(当時)の小河光治代表(50)に会い、授業で議論した「見えにくい貧困」をどう探し、アプローチするかをたずねました。

 小河さんは「貧困の実態はわかりにくくデータも少ない。5年単位で追跡調査が必要だ。例えば、高校3年生から5年間、継続して調査すれば、その後の状況や理由が見えてくる」と話してくれました。

 そうした事例を積み上げていけば、何が有効な支援策かもわかるし、生徒の様子から貧困に気づきやすい学校が、行政や支援団体とうまく連携できるようになれば、「支援の輪」をさらに広げることができる、と指摘しました。

 小河さんはその後、募金や寄付で集めた資金をもとに「あすのば」(東京都港区)という財団法人を立ち上げました。生活に困っている子どもを直接支える取り組みに加え、全国の支援団体を交流会を開くなどしてネットワークでつなぎ、広く息の長い支援を目指します。追跡調査も手がける予定です。(疋田多揚)

取材後記

 4月のフォーラム面で私たちがお話をうかがった読者は、ふだんから格差問題に関心を持っている方が中心でした。

 青山学院大学では、これまで格差を意識したことがないという学生もいましたが、この問題に誠実に向き合う姿が印象的でした。「格差があるのは当然ではないか」「貧しいと選択肢を見せてもらえない」「選択肢さえあれば格差はあってもいい」。ときに政治的な対立を起こすテーマですが、丁寧な議論が必要だということを痛感しました。

 「ピケティ・ブーム」が過ぎても問題が解決したわけではありません。今後も取材していきます。(編集委員・沢路毅彦)

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