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 日本のプロ野球選手をめざして、2年前にアフリカのブルキナファソから海を渡ってきた少年が、野球独立リーグ・高知ファイティングドッグス(FD)の選手となった。練習生としてFDに入団してから1年余り、特訓を重ねて昇格した。チームメートや地元の人々に支えられ、異国の地で夢への階段を一つ上った。

 サンホ・ラシィナさん(17)は7日夜、高知市営球場であった香川オリーブガイナーズとの公式戦が終わった後、ファンに囲まれた。この日は試合に出なかったが、すでに人気の的だ。

 8月末の昇格以降、公式戦4試合に三塁手や代打で出場し、5打数無安打だった。それでも、温かい目で見守るファンは多い。笑顔でサインの求めに応じつつも「早く試合で結果を出したい」と静かに語った。

 野球と出会ったのは11歳の時。青年海外協力隊員としてブルキナファソで野球を指導していた出合祐太さん(32)=北海道富良野市=にキャッチボールから教わった。「ボールを打って飛ばすのが楽しかった」というラシィナさんは、たちまち野球の魅力にとりつかれた。

 出合さんが友人らと創設した「ブルキナファソ野球を応援する会」の招きで、2年前に来日。富良野市の出合さん宅に3週間滞在した。アンパンマンの絵本を読み聞かせてもらう一方で、「ゲッツー」「四つ(バックホーム)」など日本の野球用語もたたき込まれた。

 出合さんが声をかけた約30球団の中で、唯一ラシィナさんの練習参加を認めたのがFDだった。入団テストは不合格に終わったが、昨年3月、FD側の誘いで練習生として再来日した。

 4年制中学校の4年生だったが、中退した。「日本でプロ野球選手になる。母国には帰らない」という決意からだ。隣国コートジボワールの農場で働く両親に代わって育ててくれた祖父に反対されたが、「今回行かなかったら、もうチャンスはない」と説き伏せた。

 入団テストを受けた時は、球の速さについていけなかった。それを克服しようと、200回の素振りをほぼ毎日続け、両手はマメだらけに。1日5合のご飯を食べ、体重は初来日時より9キロ増えて77キロになったが、7秒台だった50メートル走は5秒80に縮まった。打球の飛距離はチームでもトップクラスに成長した。中村憲治主将(26)は「高校野球の選手だったらすごかったんじゃないか」と話す。

 「チーム一まじめで向上心がある」。阪神などで活躍し、プロ通算1506安打を放った弘田澄男監督(66)も評価する。グラウンドには一番早く来て体を動かし、チーム練習の後も最後まで残ってノックを受け続ける。野球道具の片付けも率先する。

 こうして臨んだ8月末の昇格テスト。球団スタッフのノックをしっかり捕球し、フリー打撃でも鋭い当たりを連発した。テスト後、球団の梶田宙(ひろし)社長(32)が市内の球団事務所で「伸びしろがすごくある。昇格です」と告げると、駆けつけたファンたちが一斉に拍手。ラシィナさんは「球団と出合さんにありがとうと言いたい」と涙ぐんだ。「応援する会」はこの間、生活費として毎月3万円を仕送りし、数カ月に1度、バットも贈ってきた。

 ラシィナさんは高知県の山あい…

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