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 企業に女性登用を促すため、2016年4月から女性活躍推進法が施行される。同法に基づく政府の基本方針では、「育児や介護をしながら当たり前にキャリア形成できる仕組みをつくる」などの視点を持つよう企業に求めている。社会学を専門に、女性の活躍推進やワーク・ライフ・バランス(WLB)、少子化などを研究する米シカゴ大の山口一男教授に、WLBと夫婦関係の満足度の関係や、少子化対策について聞いた。

 ――WLBと夫婦関係の満足度は関係するのですか。

 「まず、WLBには二つの側面があります。一つは、人々がペナルティを受けずに柔軟に働ける社会を実現すること。主に企業の雇用や労働市場のあり方の改革です。二つ目は、柔軟な働き方を通じて、家庭や私生活も充実した満足いくものにしようという趣旨で、個人や家族の選択に重きが置かれるものです。後者について、妻の夫婦関係満足度と、夫婦の日々の過ごし方の関連を調査しました」

日々の過ごし方、妻の夫婦関係満足度に影響

 「モノは市場ではお金を尺度に価値を測りますよね。私は家計経済研究所などのデータを使って、夫婦関係の満足度に対する影響の量を尺度にして生活時間の過ごし方や所得の価値を測ってみたら、何がどれくらい価値があるのかを調べました。家計経済研究所の1994年から2001年にかけてのデータを使い、07年に発表した論文にまとめた結果は、まず、妻の夫婦関係満足度は、夫婦での食事やくつろぐ時間や対話時間、趣味などを共有することで高まることがわかりました。夫の育児分担割合や、収入が増えても満足度は上がります。逆に、結婚年数が長くなると、また第1子が生まれると、満足度が下がりました」

 ――妻との時間が増えても、夫の仕事時間が減って収入も減ったらどうなるのですか。

 「そこを明らかにするため、仮に夫が仕事の時間を減らして月収10万円減るとして、妻が夫婦関係満足度を同程度に保つためには何をどれぐらいすればよいかを調べました。その結果は、平日の夫婦の会話が1日あたり16分増えること。つまり、平日に毎日平均16分会話が増えるだけで月収10万円と同じ効果を、夫婦関係満足度に及ぼすことがわかりました。ほかにも、『休日に、夫婦で大切に過ごしていると思える時間が1日54分増える』『妻が平日に、夫との食事を大切な時間だと思える日が週に1度増える』『夫の育児分担割合が、例えば平均の15%から18%に2割増える』も月10万円の収入と同じ効果でした」

 「もちろんこれは平均であって、10万円の意味あいは夫婦によって違います。夫の就業時間が減り収入が減っても解雇されない保障があれば、WLBを達成することで妻の満足度はプラスになります。付け加えると、第1子が生まれると夫婦関係満足度が下がる理由は、核家族で夫が仕事中心の生活のとき、妻がたった1人で子育てをすることの精神的負担が大きいためと推測されます。育児期の父親の帰宅時間を早め、育児に参加し、妻が孤立しないことが結婚満足度をあげるためにも少子化対策としても大切です」

結婚や育児で失われるもの

 ――少子化対策についてお聞きします。国も対策に取り組み、原因や対策について様々な議論があります。山口教授が考える少子化の原因は。

 「晩婚化や少子化の主な原因は、結婚や育児の『機会コスト』が女性にとって高くなったことだと考えています。機会コストとは、結婚や育児によって失われるもののことです。日本で正規雇用の女性が子育てのために仕事を辞め、再就職はパートやアルバイトにしか就けないとすると、生涯賃金の差は平均で1億円を超えると推定されています」

 「それだけではありません。男性は女性より長時間働いていると言われますが、家事や育児時間を加えると女性の方が長時間労働になります。アーリー・ホックシルドという学者は著書『セカンド・シフト』で、『男性は職場の仕事が終わればそれで仕事は終わりだが、女性には家に帰れば家事育児という〈第2シフトの仕事〉が待っている』と指摘しました。1980年代の米国についてでしたが、今の日本の女性も同じですよね。実際仕事を続ける場合、結婚により失われる自由な時間は女性は男性よりはるかに大きい。自由時間とは、就業や家事育児以外で自分や家族の生活満足度を高めるために使える時間です。自由時間の少なさをアメリカ人は『時間貧乏』といい、精神的に追い詰められ、心豊かな生活ができなくなります。自由時間の減少、というコストを減らすには、夫の家事育児への積極的参加が必要ですが、家事を合理化したり外注したりすることも有効です」

女性の結婚相手選び、今や男性の気持ちだけではだめ

 「機会コストの三つ目は、女性が結婚相手を選ぶことに、より慎重にならざるを得なくなったことです。男性も女性も働く社会になり、女性にとって仕事は人生の大事な一面になりました。その場合、女性にとって結婚相手は、仕事も家事育児も一緒に支え合って生きていけるかが重要になります。それは相手の職業や年収などからだけではわかりません。仮に男性が共働きで支え合いたいと思っているとわかっても、男性の職場が毎日遅くまで残業しないといけないなら、実現できるのかを考え、無理だとあきらめることもあります。男性の気持ちだけではだめなのです」

 ――男性にとって機会コストは変わらないのでしょうか。

 「男性は、結婚して家族のために離職・転職する人はごくわずかです。男性は、両立できない分を妻に押しつけることで両立させてきました。個人個人にとっての両立でなく、家庭全体として両立させる。これが日本の伝統的なあり方でした。それでは男性も女性も様々なライフスタイルの好みがあるのに、性別により生き方が狭められてしまいます」

 ――少子化対策は、何を重視して進めればよいのでしょう。

 「女性の育児の機会コストを減らすためにはまず、女性が育児のために仕事をやめなくてすむようにすることが大切です。それには子育てと両立できる職場にすることや、待機児童問題の解消などの育児支援が欠かせません。また、『男性は家計に、女性は家事育児に主な責任がある』という伝統的男女の分業を根本的に見直すことも必要です。仕事と子育てを両立したくても、それが難しい社会状況が続いています。それこそが女性の結婚・育児の機会コストが高いことの根本原因であり、晩婚化・少子化の主な原因だと思います。WLBを進めることが有効です」(聞き手・大井田ひろみ)

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 やまぐち・かずお 1946年生まれ。米シカゴ大教授。専門は社会学。経済産業研究所客員研究員を兼任し、少子化と男女共同参画、女性の活躍推進とワーク・ライフ・バランスなどを研究。米国で2人の子どもを育てた経験から日本を見て思うことは「学校が親に対して負担を求めすぎる」。米国では共働きが前提のため「PTAなど自主的にやってくれる人以外には負担を求めないことが原則」。