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 家族を救ったのは、生後3カ月の長男の泣き声だった。茨城県常総市の洪水。闇の中、泥水にのまれそうになったとき、元気な泣き声が響き、気付いた人が一家3人を助け上げた。

 10日午後8時ごろ、常総市水海道(みつかいどう)森下町の会社員畑中雅貴さん(33)は、アパート1階の自宅で、迫ってくる水を眺めていた。部屋には生後3カ月健診で「首が完全にすわった」と言われたばかりの長男優成ちゃんがいる。水の中を避難するのはためらっていた。だが、水の勢いに逃げることを決めた。

 粉ミルクやお湯、おむつを準備していると、窓から泥水が流れ込んできた。妻愛衣(あい)さん(31)と3人で、近くの駅の無人ホームへ。だが水は腰まで押し寄せ、向かいにあるアパートの屋外階段を目指した。

 数メートルの道路を横切る間に、水は水位も勢いも増した。身長158センチの愛衣さんはつま先立ちであごを上げなければ水が口に入る深さになり「もうダメかもしれない」とあきらめかけた。

 雅貴さんは愛衣さんを助けるため、屋根だけが水面上に出た軽乗用車の上に、優成ちゃんを乗せた。

 「おぎゃー、おぎゃー」

 優成ちゃんが大きな声で泣き出した。停電で真っ暗な街にその声は響いた。

 そこから数メートルの場所に立つ家の2階にいた日系ブラジル人でレストラン経営の阪上アレクスさん(34)が声に気付き、外を見た。「水の上に赤ちゃんがいる!」

 阪上さんは雅貴さんに、2階へ上がってくるよう呼びかけた。だが畑中さん一家は身動きが取れずにいた。阪上さんは、優成ちゃんを見て「自分の子どもだったら」と、浸水した1階に駆け下り、窓から外に出て、まず優成ちゃんを受け取った。阪上さんの妻や両親も全身びしょびしょになりながら協力し、3人は何とか2階まで上がった。

 阪上さん一家と畑中さん一家は、2階の部屋で食べ物を分け合って夜を明かした。自衛隊のボートで救出されたのは、翌11日の正午過ぎだった。

 雅貴さんは、阪上さんに「命の恩人。感謝のしようもない」と礼を言った。阪上さんは「とにかく助かって安心した。優成ちゃんには、これからも元気で無事で育ってほしい」と話す。

 雅貴さんは「子どもに命を救われた」と感じている。この体験は優成ちゃんが大きくなったときに話そうと思う。「きっと人生の役に立つと思うから」(畑宗太郎)