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外国人@ニッポン 大学教授・タレント にしゃんた氏(46)

 来日して28年になるが、日本の多国籍化は確かに進んでいると思う。きっかけはバブル経済。それまで日本は外国から注目されていなかった。僕の父の時代は、奨学金が出たとしても日本は行き先の選択肢になかった。それがバブル経済の影響で、「ジャパンが一番」となった。日本産の自動車がスリランカにも来て、潤う日本への憧れを抱いた僕は訪日した。ちょうど入管法の改正(1990年)があったころで、労働者不足の解消に南米からの移民を日本が受け入れた時期でもあった。

 当時、一部地域の工業団地などに限定されていた外国人の受け入れが今、社会全体に広がっている。(外国人と日本人の間に生まれた)「ダブル」と呼ばれる子どもたちの中には、当時日本に来た外国人の子どもも多い。国際化したと言われる日本では、移民1世の子孫たちが社会で活躍している。大きなくくりで南米から来たグループの子孫たちだ。そしてジャパニーズ・ドリームを抱いて日本に来た少数派もいて、僕もその一人だった。

 数十組に1組とも言われる国際結婚でできた「ダブル」の子供たちも増えている。子どもの幸せのために、バブル崩壊後も移民は日本にとどまった。移民の最初のニーズは仕事だったが、生活を続ける中で、家や車に変わった。そして学校だ。全ては子どものためだった。

「免疫」

 日本の会社では、バブル期に大勢入ってきた外国人と交流することで、外国人に対する「免疫」が生まれた。個人差や地域差があり、まだまだ一握りの人間だけかもしれないが、それでも「免疫」がじわじわと広がりながら、今につながっている。「免疫」を持つ人というのは、違いを楽しみ、力に変えられる人たちのことだ。

 一方で、90年代からの蓄積が…

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